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江戸幕府を開いた天下の大将軍・徳川家康。実は、静岡県は家康の人生と深い関わりを持つ土地だ。
1542年、岡崎城主・松平広忠の嫡男として生まれた家康は、幼少期を今川家の“人質”として駿府の地で暮らした。
29歳から45歳までの青壮年期の17年間は浜松城を本城とし、幾多の苦難を乗り越えながら、天下統一への足掛かりを築く。
また、将軍職を嫡男・秀忠に譲った家康は、1607年にかつて暮らした駿府へと移り、大御所として実権を握りながら江戸幕府の政務を主導。
1616年に75歳(数え年)で生涯を閉じた家康は、遺言により久能山に埋葬された。
このように、徳川家康は静岡との縁が深く、県内各地には家康にまつわる伝説や異説、ゆかりの地が今も残っている。中には、教科書ではあまり知られていない意外なエピソードや、真偽が定かではないものの地域で語り継がれてきた話もある。
ここでは、そんな家康にまつわる逸話や通説、異説をはじめ、県内に残るゆかりの地を紹介する。
家康の“最期”に異説
死因については、天ぷらが原因で体調を崩したという説や胃がんだったという説がある家康だが…
家康の隠居先になるはずだった“幻の城”
晩年は幼少期に暮らした駿府の地で過ごした家康だが…
静岡浅間神社(静岡市葵区)
徳川家康が元服式を行ったと伝わる神社
小梳神社(静岡市葵区)
家康が幼少期に境内でよく遊んだ思い出の場所と伝わる神社
鯨ヶ池(静岡市葵区)
江戸時代は鯨ヶ池の水を駿府城の御用水として利用していたと言われている
大鋸町(静岡市葵区)
静岡市民でもなかなか読めない“おおがまち”。その由来はというと…
籠上(静岡市葵区)
地名の由来は“土手”と“家康”
久能山東照宮(静岡市駿河区)
家康の陵墓があり、博物館には遺品や歴代将軍の甲冑など約2,000点を収蔵
清見寺(静岡市清水区)
琉球国・具志頭王子の墓があるワケは…
旗かけ石(焼津市)
双子のような巨石。名前の由来はというと…
横須賀城(掛川市)
徳川家康が家臣に命じて築かせた、自身にとって“最初”の城として知られている
うさぎもち
江戸時代に旅人から「駿河三大名物」として愛された和菓子のひとつ
