横須賀城
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徳川家康が自ら手掛けた“最初”の城「横須賀城」 全国的にも珍しい「玉石積み」の石垣に四層の天守 鉄壁の諏訪原城・難攻不落の高天神城に続く城跡探訪【静岡・掛川】

掛川市にある横須賀城跡は、徳川家康が家臣に命じて築かせた自身にとって“最初”の城として知られています。発掘調査により整備が進む”出世城”を、掛川市文化財係・柴田慎平さんの案内で訪ねました。

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高天神城奪還のために築かれた城

掛川市にある国指定史跡の横須賀城跡。

この城は徳川家康が自ら関わって築いた“最初”の城として知られています。

横須賀城
掛川市文化財係・柴田慎平さん(左)

柴田さんによると、横須賀城の東方に位置する高天神城を奪還するため家康が家臣の大塚康隆に命じて造らせ、大手門が東西にあることから「両頭の城」と称されました。

横須賀城を拠点とした家康は見事に武田軍が籠城する高天神城を攻略。

家康の異母兄とされる松平忠政以降は徳川譜代の大名が城主を務める横須賀藩の居城となり、明治2年に廃城となった後は土地や建物、石垣などまでが民間へと払い下げられました。

横須賀城

現在は発掘調査によって整備が進められています。

全国的にも珍しい「玉石積み」を採用

最初の見どころとして柴田さんが案内してくれたのが特徴的な形状をした石垣。

横須賀城

近くで見ると丸い石が積み重ねられているのがはっきりとわかります。

これは「玉石(たまいし)積み」と呼ぶそうで、全国的にもかなり珍しい積み方だといいます。

横須賀城
石垣には「玉石積み」を採用

掛川市文化財係・柴田慎平さん:
山の中から採れる石が、実は丸い石が多くて。手頃な石がこうやって山から採れるので、それを石材として積んでいる

わざと丸い石を選んだというよりも、近隣の山から採れる河原石がもともと丸かったというのが実情で、まさに当地ならではの石垣と言えます。

掛川城より大きかった? 四層の天守

石垣を登ると、城の中心である本丸へとたどり着きます。まさにここに天守があったという場所です。

掛川市文化財係・柴田慎平さん:
掛川城は三層の天守なんですけれども、横須賀城は四層の天守が(あった)。ちょっと高さまではわかっていないんですけれども、おそらく掛川城よりは大きな天守がここにあったという風に考えられます

天守台の上から望む遠州灘は、当時、現在よりも城の近くまで海岸が迫っていて、辺り一帯は港町であったことから、海運物流の拠点としての役割も果たすため、この地に横須賀城が築かれたと推定されています。

横須賀城

横須賀城始まりの地「大堀切」

城の北東部へと向かうと、家康時代の本丸があったとされる「松尾山」という場所があり、ここには当時に造ったと思われる構造物が現在も残されています。

横須賀城

掛川市文化財係・柴田慎平さん:
ここは「大堀切」と呼んでいて、幅が30メートルくらいありまして、深さも十数メートルありますので、要は向こうから敵が来ないように、横須賀城が攻められないように、そういう工夫をしているんですね

横須賀城

戦国時代の息吹を今に伝える横須賀城跡。

歴史好きはもちろん、そうでない方も一度出かけてみる価値のある場所です。

■施設名 横須賀城跡
■所在地 掛川市山崎1-1 他
■問合せ 掛川市文化・スポーツ振興課(0537-21-1158)

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