ニュース

「数の力を借りた多数者の横暴」混迷極める静大と浜松医大の統合再編めぐり“当事者”が初めて口を開く

静岡大学・石井潔 前学長(7月1日)

暗礁に乗り上げている静岡大学と浜松医科大学の統合・再編をめぐり、両校が合意書を締結した当時をよく知る石井潔 前学長が7月1日に会見を開いた。前学長がこの問題についてメディアの前で口を開くのは退任後初めてのことだ。

両校の思惑が一致し法人統合に合意

静岡大学と浜松医科大学をめぐっては、文部科学省が少子化による学生数の減少に伴い地方の国立大学の経営が行き詰まることに備え、従来のように1つの法人が1つの大学を運営する方式から、1つの法人が複数大学を運営できる方式へと制度変更を検討する中で統合・再編案が浮上した。

そして2019年3月、両校は運営法人を統合した上で、浜松市内にキャンパスを置く静岡大学の工学部と情報学部、さらには浜松医大を合併させて新たな大学を作り、静岡市内にキャンパスを置く静岡大の人文社会科学部や教育学部などは従来通り静岡大学とする“1法人2大学案”について合意書を締結。

当時、静岡大の石井潔 学長(2021年3月に退任)が「両方の大学の独立的な運営で、小回りの利く迅速な意思決定と活動ができる」と強調すれば、浜松医大の今野弘之 学長は「想像できないような分野が開拓される」と胸を張った。

静大側のお家騒動でちゃぶ台返し

ところが、当初は2021年度までに法人統合を完了させ、2022年度から新大学の生徒募集を行うことを目標としていたものの、今日に至るまで新大学の開学はおろか、法人の統合にも辿り着いていない。

なぜなら、合意書の締結後に静岡大・静岡キャンパスの教職員が異を唱えたからだ。

さらに、静岡大は2021年4月に日詰一幸 学長が就任すると、翌2022年夏には学長の“私案”として、法人統合だけでなく将来的には1つの大学を目指す“1法人1大学1校案”を、1年後の2023年夏には“モデルチェンジ案”として両大学を統合した上で静岡市と浜松市に強い権限と独立性を有する2つの学校を設置する“1法人1大学2校案”を提示。

とはいえ、合意内容の履行を求める浜松医大には当然のことながら相手にされるはずもなかった。

一方、日詰学長は「合意書は契約書ではない。尊重と遵守は異なる」と強気な態度を見せ、浜松医大側に「柔軟に協議をしてもらえるよう願っている」と呼びかけている。

合意書締結の“当事者”が口開く

こうした中、2024年7月1日に静岡大の石井潔 前学長が会見を開いた。

石井前学長は、大学の運営については現役の教職員が責任を持ってやるべきであり、OBが口出しをするべきではないとの考えから、退任して以降すべての取材を断ってきたものの、3月28日に開かれた静岡大の経営協議会で浜松医大と合意に至ったプロセスの検証を進めていくと報告されたことが公開された議事録から明らかになり、この問題について学長を退いてから初めて口を開くことを決意したという。

冒頭、「自分たちの失敗を前任者に押し付けないで欲しい」と口にした上で、2023年12月に静岡大が“1法人1大学2校案”を大学としての成案とした際に、日詰学長が言及した「学内で合意形成が図られていないこと」と「学生・教職員・関係自治体といったステークホルダーの理解が不十分であること」の2つについてやり玉に挙げた。

まず、石井前学長は「不思議なことに再編・統合の合意の『どこが悪い』という発言は、私が辞めた3年間を含めてほとんどない」と疑問を呈し、「プロセスの話ばかりになっていて、手続き論ばかりになるのは再編・統合案そのものを批判することが出来ないからだと考えている」と指摘。

静岡キャンパスの教職員からは当初、静岡大学の学部数が減ることでブランドイメージが低下するとの懸念が寄せられたものの、受験生に対する意識調査を行ったところ学部数の多寡や大学の規模は志望校選択に影響を及ぼさないという結果が出たことから、その結果を学内の会議でしっかりと示したという。

また、当時、浜松キャンパスとの連携の弱体化を心配する声も挙がっていたが、これについても「静岡大学の歴史は両キャンパスの連携を弱めてきたと言っていい」と反論。

というのも、静岡大学ではかつて浜松キャンパスの学部に在籍する学生も入学から1~2年間は静岡キャンパスで教養教育を履修しなければならなかったが、この制度が撤廃され、2000年からは4年間それぞれのキャンパスで授業を受ける体制に変わったからだ。

このため、石井前学長は「この時点(2000年)で実質的には独立した2つの大学になった」との認識を示し、さらに、これまで浜松キャンパス側から様々な連携を持ち掛けたにも関わらず、ことごとく断ってきたのは静岡キャンパス側だとして、「『連携ができなくなる』と静岡キャンパスの人が言うのは非常におかしなこと」と斬り捨てた。

その上で、「別大学になっても研究や連携の障害にはならない。2大学になったら研究・連携ができなくなるというのは完全な間違い」と述べ、この点についても学内で周知を図ったそうだ。

合意書の承認に関する採決の裏には…

その結果、静岡大側では浜松医大との法人統合等に関わる合意書と確認書について2019年3月19日に開かれた教育研究評議会での採決を経て承認された。

石井前学長によれば、この時に採決を求める動議を提出したのが当時は人文社会科学部の学部長を務めていた静岡キャンパス側の日詰学長で、浜松キャンパス側の出席者からは「こんなに不平等な構成において決を採るのは反対」との意見すら出ていたという。

実は評議員は部局ごとに定数が決まっているため、浜松キャンパス側の評議員は静岡キャンパス側と比べて圧倒的に少ないからで、石井前学長は「数の力で有利だから採決に持ち込めば勝てると思って(静岡キャンパス側が)提案したら、案に相違して負けてしまったというのが正しい経緯」と力を込めた。

石井前学長は決して反対意見を封殺しようとしているわけでも、再編・統合を強要しようとしているわけでもない。

ただ、浜松医大との合意の経緯を知る“当事者”として、「再編反対の理由をなぜ言わないのか?反対を言おうとすると良い理由が思いつかない。それを言うとボロが出るので言わない。反対するなら理由を言ってほしい。反対する理由を言わないで反対している人が多いと言うのは数の横暴」と訴え、「反対論が多いのは自分自身の説明不足というより、そもそも議論をしたくない静岡キャンパスのせい」と怒りを滲ませる。

さらに、この問題について自身が退任してからの3年あまりは「浜松キャンパスの意見をことごとく無視した運営が目立っている」と苦言を呈し、「独立した2つの大学に再編しないと、このような静岡キャンパス主導の運営が今後も続くことになるという危機感が浜松キャンパスではむしろ強まっている。再編に反対する人たちは『静大は1つ』というスローガンを随分と使ったが、植民地を手放そうとしない帝国主義国によく似ている」と痛烈に非難した。

大学自治の独立はどこに…

その一方で、学内における調整がつく前に統合・再編について県や静岡市の同意を得ようとした当時の自分自身の判断については間違いと認め、「大いに反省している。大学が主体的に決定した事項を関係自治体に説明して了解を得ることが正しい流れだった」と振り返りつつ、統合・再編に期待を寄せる浜松市や経済界、近隣自治体が期成同盟会を発足させたことに対して日詰学長が「大学のことは大学に任せ、大学が主体的に決める必要がある」と不快感を示していたにも関わらず、静岡キャンパスの教職員が静岡市の政財界に統合・再編反対に向けた要請行動を“仕掛けた”ことは「自分たちの意見が学内で通らないからといって自治体を無理やり大学運営に介入させたのが静岡キャンパスの教職員であり、大きな禍根を残した」と憤る。

石井前学長は従前から静岡と浜松の両キャンパスから独立的な運営をした方がよいとの考えを持っていて、そんな折に浜松医大側から“1法人2大学”についての打診があったため、「静岡大学にとっても長年の懸案であった医学部を同じ法人に入れるという大きな目標が成される」との思いから在任中は様々な調整を進めてきた。

それ故に、当初は「合意書を尊重する」と話していたはずの日詰学長の“変遷”に懐疑的な目を向け、「歴史を捻じ曲げないで欲しい」と主張する。

1時間半にも及んだ会見では、最後にこうつぶやいた。

「浜医は怒らないで、よく我慢しているな」

静岡のニュースを発信!静岡で何が起きているのか。これからどうなるのか?丁寧に詳しくお伝えします
  • BLOG
  • Instagram
  • LINE
  • YouTube