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“夢の超高速鉄道”といわれるリニア中央新幹線だが、静岡県が工事の着手を認めていないため開業時期は見通せていない。こうした中、JR東海の丹羽俊介 社長が就任後初めてテレビ局の単独インタビューに応じた。
水に関する有識者会議は終わったが…
「水問題に関しても具体的な対応なく、静岡県民に誠意を示す姿勢がないということに対し心から憤っております」
“事件”は突然の出来事だった。
2017年10月10日。リニア中央新幹線・静岡工区の工事を始めるにあたって必要なJR・静岡県・利水団体との協定が締結間近と見られていた中で、突如として怒りを爆発させた川勝平太 知事。そして「基本的な考え方もないまま勝手にトンネルを掘り出すなということでございます。厳重に抗議を申し上げ、その姿勢に対して猛省を促したいと思っております」とも述べた。
川勝知事が求めたのは、水を“一滴たりとも”県外に流出させないこと。
両者の溝が埋まらない中、国土交通省の提案により有識者会議が設置され、全13回の会議を経て2021年12月には「トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される」「トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は、河川流量の季節変動や年毎の変動による影響に比べて極めて小さいと推測される」「先進坑貫通までの約10カ月間に(湧水の)県外流出が発生した場合においても、中下流域の河川流量は維持される」との報告書がまとめられている。
ただ、県は今も県独自の専門部会での議論を続けている。
有識者会議の報告受け水問題の今後は
-水資源に関する議論にどのような考えで対応してきたか
JR東海・丹羽俊介 社長:
中央新幹線の工事により、水の利用に影響が出るのではないかと心配している方がいることは私どもももちろん承知している。
この課題に関して、大井川の水を利用している方に影響を与えないようにするために、どのような対策をとるべきなのか。そして、それをどのように説明して理解してもらうのか。これが大変重要だと考えながら進めているし、これからもそのように対応したい。
このために不可欠となるのが科学的・工学的な検証だと思っている。この観点から国交省に有識者会議を設置してもらった上で、専門家による科学的・工学的な議論・検証が行われ、報告がとりまとめられた。
ただ、解析結果には「不確実性」があるとされている。そのため、当社としてはリスク対応、モニタリングを具体化していくとともに、県外に流出する水の量を大井川に戻す方策を実現する課題に取り組んでいる。
また、中間報告を踏まえ、地域の方々にわかりやすく説明していくことも重要だと考えている。引き続き水を利用する方々の心配を受け止め、双方向のコミュニケーションに努めていきたい。
-水資源に関する問題解決の道筋が見えてきたという感触は持っているか
JR東海・丹羽俊介 社長:
工事期間中の一定期間、県外に水が流出していくが、大井川に水を戻す方策としていわゆる田代ダム案について2023年6月から東京電力RPと具体的に取水抑制をどのように行っていくかなどについて精力的に協議を進めてきた。
その結果、実施可能な案をとりまとめ、9月下旬から大井川利水関係協議会の事務局である県も含めて流域関係者へ個別に説明に行った。
その中で聞いた意見を踏まえ、具体的な実施策を策定したことから、田代ダム案の実施について大井川利水関係協議会の会員の了解を得るために、文書を協議会の事務局である県に送っている。
田代ダム案について個別に流域市町に説明に行った際は反対の意見はなかった。それから早く進めてほしいという意見も多くもらっている。
私どもとしては大井川の水資源を利用する流域の関係者に安心してもらいたいと思っているので、田代ダム案を速やかにまとめていきたい。今後、大井川利水関係協議会で会員の了解を得て、東電RPとの合意に向けた詰めの協議を進めていきたい。
-川勝知事を含めた県にはどのように理解を求めていくつもりか
JR東海・丹羽俊介 社長:
田代ダム案が実現することにより、おそらく流域の方々の安心につながるのではないかと考えているし、そのためにも県も会員になっている大井川利水関係協議会がある。
この中で、県も含めた流域の関係者の了解を得て最後の詰めの協議に入るというプロセスを踏むことで、流域全体の理解を得ていきたい。
-有識者会議の報告書では「県外流出が発生した場合でも中下流域の河川流量は維持される」との結論が示されたが、それでも全量戻しを徹底する理由は
JR東海・丹羽俊介 社長:
科学的・工学的な検証の結果ということで報告書を出してもらっているものの、その中でも「不確実性がある」ともされているので、そういったことも踏まえて流域の方々の安心のためにしっかり田代ダム案に取り組んでいきたい
双方向のコミュニケーションを大切に
-着任以降、大井川流域との対話で心がけてきたことは
JR東海・丹羽俊介 社長:
地域の方々の心配を解消できるように、双方向のコミュニケーションを大切にしながら丁寧に答えていきたいと考えている。
2021年12月に報告書が出されて以降、この内容を踏まえて地域の方々に出来るだけわかりやすく説明できるように工夫を凝らしてきた。
例えば様々な取り組みを図解で説明したパンフレットを作りホームページに掲載したり、大井川流域の駅や静岡駅に設置したりしたほか、水資源に関する取り組みについても意見や質問を一般の方から寄せてもらい個別に回答するということも行っている。
また南アルプスの工事でトンネルから湧き出た水を、どのように大井川に戻していくのかということをわかりやすく示すためのアニメーション動画を作り、ホームページやYouTubeに掲載している。
こういった様々な形で、一般の方も含めた形で理解してもらえるような取り組みをしてきた。
私自身は2023年春に社長に就任し、その時に大井川流域10市町の市長・町長に個別に挨拶に行き、いろいろな話を聞く機会を得た。
加えて9月9日にも10市町の首長と意見交換会をさせてもらった。その場で当社から最近の状況について報告するとともに、首長の皆さんからいろいろな意見・質問をもらい、それに1つ1つ答えるといった双方向のコミュニケーションをする機会を設けさせてもらい大変有意義だったと考えている。
首長からも私どもの努力について一定の評価をしてくれるような発言もあり、大変ありがたいことだと思っている。
ただ、地域の方々とのコミュニケ―ションがこれで十分かというと、そうは考えていない。
まだまだ足りないところもあると思うので、静岡工区が早期着工出来るように頑張っているものの、流域の方々の心配を解消出来るようにいろいろな形で今後もコミュニケーションを図ったり、説明する機会をどんどん増やしたりと理解を求めていきたい。
流域との議論を経て“得たもの”
-当初の“高圧的”とも受け取れる姿勢から意識が変わったように見えるがきっかけは
JR東海・丹羽俊介 社長:
当初から一生懸命説明してきたつもりではあるが、なかなかしっかりと伝えるには至っていなかったと思う。
時間を経て、様々な機会に流域の方々や県の方々から話を聞き、それに対して答え、説明を加えていくというコミュニケーションを繰り返していくうちに「こういうところが本当は心配だったんだな」という部分や、流域の市町ごとに心配や疑問がかなり違うと具体的なことがわかってきた。
それに応じて「もう少しこの部分を丁寧に説明した方がよいのではないか」「今後、回答する時にはこういった点も加えた方がよいのではないか」ということを社内で揉みながらコミュニケーションの準備をすることで、段々とやり取りが中身の濃いものになってきたのではないかと思う。そういったこともあってコミュニケーションが深められたのではないか。
まだまだ足りないと思われる方もいるかもしれないが、この数年間で徐々にではあるが、段々と深いコミュニケーションが図れるようになったのではないかと思っている。
補償は公共工事の要領によらず
-万が一に備えたモニタリングや補償についてはどのように考えているか
JR東海・丹羽俊介 社長:
しっかりと対策を打っていきたいと思っているが、万が一の場合に備えるということは大切だと思っており、その意味でモニタリングはとても大事。
モニタリングについてはトンネルの掘削に伴う変化を早い段階で検知するために、川を流れる水や地下水、トンネル内に湧き出る水の量、水質などをモニターしていく。
これは工事前にも行うし、工事期間中も行う。また工事後も実施し、結果についてはホームページなどで公表していく。このうち工事前のモニタリングについては既に実施していて、年度ごとに取りまとめて公表している。
モニタリングをどの地点や場所で行うか、どのくらいの頻度で行うかということについては、大井川流域の市町、利水者の方々に意見を聞きながら必要によっては追加していく、それから変更を加えるという柔軟な形でやっていきたいと考えている。
また、トンネル掘削に伴う影響はすぐに出るのではなく、長い年月をかけて中下流域の地下水等に現れるのではないかという心配の声も聞いているため、モニタリングの結果を地域の皆様と共有しながら、継続的にきめ細かく対応していくことで皆様に安心してもらえるようにしていきたい。
それから補償については、大前提として大井川の水を利用している皆様に影響が及ばないようにしっかりと対応していくのが基本と考えているわけだが、その上で万が一、トンネル工事に起因して水資源の利用に影響があり、その結果、損害が生じるということがあれば責任を持って対応していく。
補償の考え方については2020年3月に公表していて、中央新幹線の他の工区については水資源の利用に工事と因果関係が認められる場合、公共工事で使われている補償の要領に基づいて対応しているところだが、一方で大井川の中下流域については、トンネルの掘削箇所から大きく離れており、水資源の影響が出るまでに長い時間がかかるのではないかという心配が寄せられていることから、補償の請求期限や補償の期間等に関しては公共工事の要領によらないで対応したいと考えている。
具体的に言うと、水を利用している方から補償の請求を受ける期限について公共工事の要領では工事完了1年以内とされているが、これを工事完了から何年以内というような制限を設けずに対応する。
補償費の算出の対象年数となる補償期間については、公共工事の要領では5年から30年が限度とされているが、大井川中下流域については適切な対策を講じるため、あらかじめ限度を定めることはせずに30年を超えることも含めて、機能回復や費用を負担することを考えている。
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