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【リニア】南アルプスの自然を守るのは静岡県の責任? 国・有識者会議の報告書案で見えてきたこと

リニア新幹線による南アルプスの自然への影響を話し合う国の有識者会議が報告書案をまとめたが、静岡県は「議論が不十分」と難色を示す。ただリニアに関する国と静岡県の両方の会議の委員を務める大学教授は「国が大枠を定めた。次に素晴らしい南アルプスを残すのは県の仕事だ」と話す。

国の仲介で有識者会議を設置

南アルプス

リニア中央新幹線静岡工区をめぐる国の有識者会議は、静岡県とJR東海との議論がこう着したため仲介に入った国土交通省の提案によって設置された。主な議題は“大井川の水”への影響と、“南アルプスの生態系”への影響だ。

水に関する議論は2020年4月から約1年8カ月かけて既に報告書が示されている。次にとりかかったのが南アルプス等に生息する動植物への影響を議論する会議だ。メンバーは生態系管理学・地下水学・河川生態学などを専門とする大学教授など8人で、13回の会議を重ね2023年9月に報告書案をまとめた。

国のリニア環境保全有識者会議(2023年9月)

報告書案では環境保全に関する論点を3つに絞った。トンネル掘削に伴う地下水位変化による沢の水生生物等への影響と対策、トンネル掘削に伴う地下水位変化による高標高部の植生への影響と対策、地上部分の改変箇所における環境への影響と対策の3つだ。

南アルプスの高山植物とライチョウ

それぞれの分野でJR東海は施工前に影響を予測し影響が出る場合に備え、保全措置やモニタリングの実施計画を立てる。施工開始後に影響が出たら事前に計画した回避・低減措置をとり、それでも十分な効果がない場合には他の場所での水辺の再生など代償措置をとる。さらにモニタリングを続けて影響の有無を確認し、影響があれば必要な見直しを行う。

報告書案のキーワードは「順応的管理」だ。順応的管理とは、当初の予測とは異なる状況が生じることがある場合に行うのもで、不確実性の高いものに対し、「評価(現状把握)」とフィードバックを繰り返し、状況にあわせて適宜 追加の対策を講じることに主眼を置いたリスク管理の考え方だ。

県「もっと議論するべきことがある」

大井川

ただ、静岡県はこの順応的管理に懸念を示す。県は「順応的管理を適切に機能させるためには、生物の生息・生育状況の十分な把握がされていないこと、トンネル掘削に伴う地下水位の変化による沢の水生生物への影響の予測・評価がされていないこと、環境保全措置の有効性について十分な議論が行われていないことなど、課題が残されている」として、南アルプスの自然環境への回避・低減に向け、引き続き有識者会議で議論するよう求めている。

南アルプス

そして具体的に6つの課題を、国が分類した3つの論点に即し指摘する。

まず「トンネル掘削に伴う地下水位変化による沢の水生生物等への影響」については「順応的管理を行うには、事前に適切な調査を行い、指標種に限定し、その種ごとに予測することが必要である。工事着工前に生物への影響が予測されていない状態では、事前に個別種に対する有効な環境保全措置を検討することもできず、順応的管理を行うことは難しい」とする。

また代償措置(損なわれ環境の量と質を評価し、それに見合う新たな環境を創出する措置)に関しても「損なわれる生態系の評価がされていないので、JR東海が提案する代償措置が適切のものであるか判断が難しい」という。

このほか「トンネル掘削に伴う地下水位変化による高標高部の植生への影響」については「断層によって高標高部の湧水と地下水がつながっていないことの検証が不十分である。湧水と断層に関連がある場合は、湧水の減少により高標高部に生育する植物や山小屋営業に影響が生じるおそれがある」と懸念を示す。

「素晴らしい南アルプスを残すのは県の仕事」

県リニア環境保全専門部会(2023年10月)

県は意見書のもとになる上記の考え方を、2023年10月に開かれた県リニア環境保全連絡会議 専門部会に示し、委員の意見を聞いた。委員9人のうち3人は国の有識者会議の委員も兼ねる。

兼任する委員の一人、板井隆彦部会長(静岡淡水魚研究会 会長)は報告書案について「骨格としては、こういう進め方でよかったと思う」と評価し、別の兼任メンバーの丸井敦尚委員(産業技術総合研究所研究員)も「細かなところは誤解を生む表現があり訂正が必要かもしれないが、大枠を定める意味では適切にまとめられたと思う」と、感想を述べた。

板井部会長(有識者会議と兼任)

県の森貴志 副知事が「今の案では内容が不十分という印象を持っている。『有識者会議で急がずに内容をじっくりつめてもらった方がいい』ということでいいか」と委員に同意を求めると、板井部会長は「有識者会議で検討するのは資料を集めるのに非常に長い時間がかかるものもある。それを有識者会議に持っていってやるよりも、たぶん有識者会議をいったん閉じで、(有識者会議は)『それは県とJR東海で何とかうまくやってください。時間がかかることは、そちら側でやってください』という姿勢だと思う」と、有識者会議での議論の継続に懐疑的な考えを示した。

丸井委員(有識者会議と兼任)

丸井委員も「あらかじめ大井川流域の県民が納得できるように『こういう危険があるから、こういう措置をとった』とJR東海が説明してくれるよう、何とか県からも指導していただけないものか」と、今後は国の決めたルールに従い県とJR東海が直接交渉をするようなニュアンスで付け加えた。

増澤委員(有識者会議と兼任)

もう一人の兼任メンバーの増澤武弘 委員(静岡大学客員教授)は会議の後「国の有識者会議がやってきたのは大枠を決めること。問題点はたくさんあるが大枠を決めて、この線でいけばいいのではというのが報告書案には書かれている。国はやれるだけのことはやったと思う。次は県がそれをどう受けとって、素晴らしい南アルプスを残していくかに結び付けていくのは、これからの県の仕事だと思う」とまで言い切った。

JR東海の予測・対策の正しさは誰が判断?

リニア新幹線 山梨実験線

会議ではJR東海がトンネル工事の影響を予測し、影響の回避・低減の計画を立てた場合、その仮説の正しさを誰がいつ判断するのか話題になった。

有識者会議のメンバーではない加茂将史 委員(産業技術総合研究所研究員)が「静岡県が『JR東海がつくってきた仮説を適切』と判断するフェーズがあると考えていいのか」と質問すると、県の石川英寛 政策推進担当部長は「有識者会議で決まっていないことは県にはわからない」と答えた。

この仮説をめぐる有識者会議の雰囲気について他の委員から聞かれると、板井部会長は「もう時間もないので」と、別の話題にすり替えてしまった。

静岡県・森副知事

会議の最後に県の森副知事が「『表現に疑問がある』ということだけは、委員の皆さんの共通認識でいいですか」と問いかけ、委員たちは了承した。県は次回の有識者会議までに国に意見書を出す方針だ。

南アルプス国立公園の指定区域(静岡県)

国の有識者会議はJR東海と静岡県が話し合いを進めるための大枠を決めて終了で、今後は両者の直接交渉に移るのだろうか。国が定めた大枠に従えば、静岡県とJR東海の話し合いが順調に進むのだろうか。

南アルプスの一部は1964年から国立公園に指定されていて、環境省が管理計画書を作成し保全に努めている。リニア計画路線に近い静岡県内の荒川岳周辺も南アルプス国立公園で、特に特別保護地区に指定されている。

JR東海との交渉を進めながら南アルプスの自然を守るのは、静岡県だけの責任なのだろうか。

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