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難病を抱えながら連載を続ける漫画家の作品が舞台化される。いじめられた経験などをもとにした作品だ。舞台化するのは全国の小・中学校で上演活動を続けている劇団だ。難病と診断され「人生おわった」と絶望を味わった彼は、漫画に込めたメッセージが多くの人に届くことを願う。
突然の難病 「人生おわった」
静岡県磐田市出身の漫画家・寺田浩晃さん(28)の作品が舞台化される。
2023年10月出演者を決めるオーディションが磐田市で行われ、寺田さんは参加者たちに「目に見えないものを信じさせてくれる、想像力をかき立てることが、芸術が持っている最も尊い力だと思っていて、そういうものを(演劇で)作れたら」と、舞台化への抱負を語った。
寺田浩晃さんが脚本も手掛ける。
寺田さんは小さい頃からノートに漫画を描き、漫画を描いている時だけが自由を感じられる瞬間だったそうだ。「家や学校に居場所がなくて、そういう時に助けてくれたのは先生や親じゃなくて。理不尽や不幸と闘うための武器が漫画だった」と、漫画にのめりこんだ理由を明かす。
大阪芸術大学で学び、卒業後は上京して雑誌での連載を目標に24時間を漫画に捧げた。
努力の甲斐もあって読み切り漫画が何度か掲載され、「稀代のストーリーテラー」と紹介された。しかし、2019年前 念願の連載の話が来た矢先に難病であることがわかった。
「好酸球性胃腸炎(こうさんきゅうせいいちょうえん)」という、食べ物が原因でアレルギー反応が起こる、治療法が確立されていない難病だ。寺田さんは「人生おわったと思った」と当時のことを振り返る。
体重は40kg台まで低下し、慢性的な腹痛、血便、下痢に悩まされる。前立腺炎や坐骨神経痛、うつ病など合併症も併発し、発症してから1年半は部屋に引きこもる生活が続いた。
好きな漫画に助けられ
しかし、漫画に助けられる。
漫画家・寺田浩晃さん:
病気になって残りの時間が無いとなった時に、唯一 運が良かったと思うのは自分が漫画を描いていた。漫画は世に残るじゃないですか。自分を世に残せる手段があると思って。残った時間で何が描けるかしか考えなかったので、雑念は消えた気がした
寺田さんは長時間座ると下半身に痛みを生じるため、立ったまま仕事をする。
自分のペースで仕事ができるようにと、2021年1月に仲間とYouTubeチャンネル「スタジオGARAGE(ガレージ)」を開設し、短編動画を発信し続けてきた。チャンネル登録者数は6万5000人になった。
いじめや難病を経験した寺田さんが描く作品は多くの共感と支持を集め、2022年5月には、地元・磐田市の隣の浜松市の出版社から、念願の短編集が出版された。
2023年11月現在は小学館が運営する漫画アプリでの連載も抱えている。
「より多くの人に」出版社が舞台化を依頼
舞台化は、短編集の出版社が「寺田さんの作品を多くの人に見てもらいたい」と、浜松市を拠点に全国の小中学校で上演活動を続けている「劇団たんぽぽ」に持ち込んだ。
舞台化されるのは、短編集「黒猫は泣かない。」に、収録されている「くろいりんごときいろいそら」だ。
主人公は疑問に思ったことは授業中でもかまわず質問し、孤立しがちな小学生の男の子だ。ギターを弾くおじさんとの触れ合いを通して揺れ動く小学生の男の子の心が繊細に描かれていて、自分に大切なものとは何かを問いかける。
寺田さんは「うれしかったですね。磐田で育ったので、(浜松市が拠点の)劇団たんぽぽは小学校に来たこともあったし。舞台という違う形で、自分の手を離れていくのは楽しみ」と、初の舞台化を喜ぶ。
制作費をクラウドファンディングで
「劇団たんぽぽ」は創立77年、全国の小・中学校に演劇を通じて笑いや感動を届けていて、公演回数は年間 約450回にのぼる。舞台化を依頼され、当初は戸惑ったようだ。
劇団たんぽぽ・久野由美事務局長:
出版社からの持ち込みは本当にまれなので、みんな驚いて。それに(作品の)内容が衝撃的ですので、「これを私たちは舞台化できるのだろうか」と、ずっと劇団の中で話し合いを続け、劇団の中でも「みんなこれをやりたい」という思いが強くなった
新型コロナの影響で一時は存続の危機に直面した劇団は、制作費の確保とともに、ひとりでも多くの人の賛同を得てこの作品を世に出したいと、2023年7月 クラウドファンディングを実施し、目標額300万円を超える寄付が集まった。
久野由美事務局長は「本当にありがたかった。作品を表に出したいということと、寺田さんの活動に対して共感する人が多いのではと思いました」と、クラウドクラウドファンディングへの協力を感謝する。
演出を担当する大谷賢治郎さんも、作品に共感した一人だ。大谷さんは「声の届かない所にいるかもしれない子供たちや、声が聞こえてこない子供たちがいっぱいいる中で、それが明確に描かれていている。この物語が伝えようとしているエッセンスが、立体化することによって、別の形で別の芸術媒体として観客と分かち合えたらいい」と、演劇にすることの意義を語る。
“教室の隅っこにいる子”に伝えたい
多くの人の思いが詰まった作品の舞台化。2023年10月に2日間かけてオーディションが行われ、出演者10人が決定した。
10月下旬には東京から照明や美術などのスタッフも招いて、初めての顔合わせと読み合わせが行われた。
「宇宙の果てってどうなっているの? なんで人は死ぬの? ねえ、なんで? 」
出演者の声によって、作品に命が吹き込まれていく。
物や情報に溢れた今の時代だからこそ、作品を通じて子供たちに伝えたい思いがある。
漫画家・寺田浩晃さん:
他人から見たらゴミだろうが無価値だろうが、「これが大事なんだ」と自分にとって言えるものを持っておくことはすごく大切なこと。「そういう生き方があるよ」ということを、いまの子供たちに伝えられたらいい
寺田さんは「教室の隅っこにいる子の、あす見る空が、少しでもきれいなものになるといい」と、作品に込めた思いを話す。
大勢の中にいる「孤独を抱えた一人」に向けて描いた作品は、大勢の人の心を動かし、演劇という形になって披露される。
初公演は2024年3月17日に浜松市の浜北文化センターで行われる。
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