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「みんな気持ち悪いと言うけど」石と一緒に眠る男性【超老芸術#4】

なんとも独特な顔の石たちは、部屋の中だけでなく家の外にまで敷き詰められています。静岡市清水区の住宅街。男性は“かわいい”石たちに囲まれ幸せそうでした。

高齢になってから突如アートの才能を爆発させる人、高齢になっても情熱が枯れるどころか、より激しさを増して創作活動に没頭する人を「超老芸術家」と呼びます。

【超老芸術 #3】キンプリ?「いえ、キングあんこプリンです」 思わず笑ってしまう彫刻

テレしずWasabeeは超老芸術の名付け親でアーツカウンシルしずおかの櫛野展正さんが発掘した、プロではないが、もっと光があたるべき人たちをシリーズで紹介します。

子供に「怖い」と言われても

自宅前に並んだ石たち

小八重政弘さん:
子供たちは正直。「怖い」と言われます

笑いながら話すのは、静岡市清水区に住む小八重政弘さん、69歳。自宅前は小学校の通学路。石を見た子供たちは遠慮ない言葉をかけますが、それを気にする様子はありません。

ある石はニタリと笑い、ある石は唇しかなく、抽象的な形のものもあれば、文字が彫られた石もあります。その迫力に、最初は「怖い」と感じる人も多いのではないでしょうか。

しかし、独特な魅力に引かれたファンが遠方からやって来ることもあります。

小八重さん:
ここに置いてあるのは持っていかれても構わない石。磐田市から来て、30個ぐらい庭に自分の盆栽と一緒に飾った人もいました

庭の奥には置き場のない石たちが積まれている

石材店の社長もあきれる熱意

小八重さんが石に魅せられたのは小学生の時だったそうです。石材店の前にあった磨かれた自然石に目を奪われました。

小八重さん:
石材店の人から「石が好きか?」と聞かれたので、「どうしたらキレイになるの?」と聞いたら「石屋になればわかる」と言われました

20代は定まった仕事もせず“寅さんのような生活”をしていましたが、30歳を過ぎると見かねた知人が就職先を紹介してくれました。それが久保田石材店です。

サンドブラスト 仕切りの向こうに手だけ入れて石を削る

墓石を磨いて美しく仕上げる技術を習得したあと、石に文字を刻む練習が40代になって始まりました。サンドブラストという機械で、高速で砂を飛ばして石を彫ります。

練習とは言いつつも、ついついのめり込み、石材店の社長が「電気代が上がった」とあきれ返るほど彫りました。その数は約5000個。

細かい砂が吹き出し石を削る

社長の娘はインターネットで石を紹介、社長の妻は催しものにと近くの銀行を紹介してくれて、銀行の一角で個展を初めてひらくことができました。

その後は新聞やテレビに取り上げられ、知名度も広がっていきます。

サンドブラストから吹き出す砂

SMAPもいた!独特な作品たち 

それではユニークな石たちをご紹介しましょう。半円形に並んで舌を出しているのは「SMAP」。森且行さん脱退前の6人をイメージしてつくったそうです。

なぜそうなった?と思いますが、誰がどの石なのか想像すると、見飽きることがありません。

6体の舌を出した石たちは「SMAP」
森且行さん脱退前の6人だそう

さらに2つ寄り添った石は「ジョン・レノンとオノ・ヨーコ」。

後ろで聞いていた小八重さんの妻が「言われなきゃわからないわよね」と突っ込みを入れます。

ジョン・レノン(左)とオノ・ヨーコ(右)

「脚を付けたら歩いてくれそうな気がして」と、廃材を加工して手足を付けたシリーズもあります。

脚付きシリーズ

本物そっくりの小銭入れ。ジッパーやコインを石に付けてあります。

文字を刻んだ作品も多くあります。「変かも」「変ずら」などと書かれた石たちは、「変身ベルトのバックル」なのだそうです。

ベルトに付けられるようフックが裏にありますが、実際装着したらかなり重そうです。

変身ベルトのバックル

事前に完成イメージは持たずに、石にいざなわれるままに彫ります。その方が、自然と納得できる作品になると小八重さんは話します。

【画像】小八重さんの石の作品をもっと見る

庭に石を並べると妻は塩をまいた

こうして作品は増え続け、もう会社には置き場がなくなって家に持ち帰ることになります。

最初、小八重さんの妻は、気持ちが悪いと塩をまきました。

小八重さんの妻:
気持ちが悪いし、自然の石に申し訳ない気がしたんです。そうしたら「シミになる」とすごく怒って

石には塩は大敵とあって、温厚な小八重さんが珍しく怒ったと言います。妻によると、その頃の作品は今よりももっと苦しい、険しい顔のものが多かったそうです。

以前は苦しい表情の作品が多かった

小八重さん:
ムンクの叫びではなく「文句(モンク)の叫び」だねと言われたことがあります

小八重さんの妻:
会社での人間関係もあったし、子供の頃のいじめ体験もありました。顔では笑っていても悔しい思いは心の中にあって、顔に出さないし、攻撃的には言えない人なんです

小八重さんは子供の頃、担任の教師のいじめに遭い、一時学校に行けない時もあったそうです。成長してからもその教師を夢に見ることありました。そんな思いを石に刻んでいたのでしょうか。

ところが、気持ちに決着を付けてくれたのも「石」によってもう一度生まれた、教師との縁でした。

心の叫びをそのまま彫ったような作品も

久保田石材店にある日、教師の家から一族の墓石を修復したいと依頼が来ました。誰も受け手がなかったその仕事を、小八重さんは相手がその人だとわかっていて受けました。

その頃から何かが変わったのかもしれません。石たちの顔は次第に穏やかになっていき、「百八つの煩悩」といった、愛嬌がある石たちが生まれます。

「百八つの煩悩」 のほほんとした顔

「石は黙って話を聞いてくれる」

こうして工場長まで務めた小八重さんですが、体調を崩し65歳で仕事を引退します。サンドブラストは工場にしかないため、もう今は作品はつくっていません。

石を見つめてうれしそうな小八重さん

小八重さん
作るだけ作ってじっくり見ていなかったので、今はゆっくり石を愛でています。一生懸命働いて、子供に見向きもしなかった父親が、今は子供に目を向けているような感じ。みんな気持ち悪いと言うけれど、かわいく見えるんだよね

寝室には布団のスペースをぐるりと囲むように石が配置されていて、毎晩音楽をかけながら石に語りかけます。

「きょうも大変だったね」。石は答えてはくれませんが、黙って聞いてくれます。

超老芸術を通して、小八重さんは心の平穏を手に入れています。今はもう作ることができなくても、愛する作品と言葉を交わすことで、小八重さんの超老芸術は続いています。

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