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静岡市葵区にある「千代田」という地名。由来を調査すると、“あの戦国武将”とのつながりが見えてきました。
かつては辺り一帯に広がっていた田畑
1丁目から7丁目まである静岡市葵区の千代田地区。
車を走らせると、住宅街にもかかわらず田畑が点在していることがわかります。

農業用ハウスで作業をしていた、生まれも育ちも千代田という男性に話を聞くと、60年ほど前は辺り一面に田んぼが広がっていたといいます。
当時は建物など遮るものがほとんどなく、遠くまで見渡せるほどだったそうです。
現在では住宅が立ち並ぶ千代田ですが、かつては広大な田園風景が広がる地域だったことが分かります。
聞き込みを進めると、千代田地区は、もともと「千代田村」という村だったことが判明。また、「千代田誌」という郷土誌が存在するとの情報も得られました。
そこで、訪れたのが静岡市立西奈図書館。

係の人に書庫から出してもらったのが、1,260ページにも及ぶ「千代田誌」です。

1984年にまとめられたという分厚い郷土誌を読み進めると、「北街道の北側『千代田』『竜南』地区にかけては、広大な水田地域が見られる」との記述があり、改めて田んぼが多かった地域であることが確認できます。

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「千代田」の名付け親は徳川家康?
では、「千代田」という名前は何に由来しているのか?
さらに、調査を進めると、千代田の地名については「安倍郡千代田村誌」に記載されていることが判明しました。

「安倍郡千代田村誌」は1913年にまとめられた手書きの文献で、そこには、このような旨の記載が残されています。
「徳川家康公が駿府城に在城していた頃、鷹狩りに出かけた際、この地の田畑の土が肥えていて見事であることから、千代田ノ郷と名付けられた。その後、明治22年、町村名改正によって千代田村と定められた」
このように、千代田は美しい田畑を見た徳川家康が千代(永遠)の繁栄を願って名付けたと言い伝えられているそうです。
「安倍郡千代田村誌」や「千代田誌」が現在に至るまで大切に保管されている事実からも、「千代田」という名前を大切に守り、後世へと語り継ごうという地元の人々の強い思いが感じられます。
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