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「がんになったから こうなれた」笠井アナが語るがんとの向き合い方【テレビ寺子屋】

20年間「とくダネ!」を担当し、フリー転身直後にがんと診断された笠井アナ。辛い治療に加えて精神的にも落ち込む中、支えとなったのは周囲の人の優しさでした。

テレビ静岡で4月28日に放送されたテレビ寺子屋では、フリーアナウンサーの笠井信輔さんが、がんとの向き合い方について語りました。

フリー転身直後にがんと診断

フリーアナウンサー・笠井信輔さん:
アナウンサーとしてフジテレビに33年間勤め、56歳の時にフリーに転身しました。その直後、2019年のことです。「悪性リンパ腫」ステージ4と診断され、入院生活に入りました。

4カ月半後、体からがんがすべて消えた「完全寛解」という状態になり4年が経ちますが、3カ月に一度病院に行き経過観察を続けています。

前向きになれた「眉メーク」

入院生活は、副作用があり本当に大変でした。髪が抜け、そこまでは覚悟していましたが、困ったのが眉も全部抜けたことです。

退院後、テレビ出演のオファーが来ましたが、出たくありません。そこで生まれて初めて「眉メーク」をしてみると、お絵描きみたいでしたが、しないよりはいいしバレませんでした。「これはいい」と当時何かにつけて眉メークをしていました。

毎日やっていると上手になり、「いいぞ、これならやっていける」と気分が上がっていく。実はこれが令和の医療では極めて大事で、治療とともにストレスを減らして気分を上げる。「QOL(クオリティオブライフ)」、つまり「治療生活や入院生活の質」を上げることが大切なのです。

闘病生活の支え

今の日本では、日常生活を送りながらがんと向き合っている人がとても多いのです。だから生活の質を上げて、暮らしやすくしながらがんと向き合えるということはとても大事です。

そして、辛い治療を乗り越えるために、やはり精神的な支柱は必要です。私は「フリーになって受けていた講演の依頼も、番組のレギュラーも全部ダメ」と、「引き算の気持ち」でいっぱいでした。

そんな時、南三陸にお住まいの方が、たくさんのメッセージが書かれた色紙を5枚も持ってお見舞いに来てくださいました。「今度は私たちが笠井さんにエールを送る番です」と書かれていました。

この13年間、毎年被災地に支援活動や取材活動で訪れてできた「縁」が、私の応援という「足し算の縁」となり帰ってきてくれるとは思ってもみませんでした。

初めて知った息子の優しさ

そしてもう一つ、私にとっての足し算は何かというと、当時高校生だった三男が作ってくれた卵焼きです。料理をしたことがなかったのに作ってきてくれて、食べたらおいしいんです。

「こういう時はおふくろの味がいいだろう」と、おばあちゃんに習ってきたそうです。泣きました。ゲームばかりして私といつもケンカしていた子がこんなに優しい気持ちを持っているということを知ったのも、自分ががんになったからでした。

今、日本人の2人に1人ががんになると言われてます。男性だけで見ると65%です。がんは多数派だということをみなさんにわかってもらいたい。

がんになると「何で自分ががんに」と、みんな思う。そうじゃないんです。がんになったら、「あ、自分もメジャーの仲間入りか」と、そんな風に思って欲しいんです。そうしたらうろたえないで済みます。

「がんになったからもう終わり」ではなく、「がんになったからこうなれた」という人生を歩むことはできるのです。

笠井信輔:1963年生まれ。1987年フジテレビ入社。朝の情報番組「とくダネ!」を20年間担当。2019年、フリー転身直後に血液のがんである悪性リンパ腫と判明。現在は完全寛解の状態。

※この記事は4月28日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。

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