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ふすまや壁紙などに使われる伝統織物の技術を活かして、アクセサリーや帽子、バッグなどを製作する日本で唯一の工房がある。
お札にも使われているバナナの仲間の植物「アバカ」の繊維を織ったアバカ布の工場だ。
半世紀以上続く工場を引き継いだ娘の新たな可能性への挑戦と、それを支える家族の
思いを追った。
最強の植物繊維で長年光沢を保つ
静岡県袋井市南部にある「そま工房」。昔ながらの機械の音が鳴り響くこの工場では6人の従業員が働いている。
そま工房の乗松浩美 専務(43)は「強くてゴワゴワしているけど、光沢があって繊維の手触りと光沢のしっとりとした風合いのギャップがいい」と、その魅力を教えてくれた。
この工場で55年間作られているのはフィリピン原産の天然繊維「アバカ」を使った織物「アバカ布」だ。
バナナの仲間のアバカは芭蕉やマニラ麻とも呼ばれる植物で、幹から採れる繊維は植物の中で最も強靭とも言われている。
アバカ布の作業工程は、厳選したアバカの繊維を細く裂き、1本1本を丁寧に結んで糸にしたものを、緯糸(よこいと)として使う。心棒に巻き付けた糸をシャトルに入れ、80年以上前の機械を使って織ることで独特の光沢を放つのが特徴だ。
織りあがった布は丁寧に検査・補修が行われたのち、ふすま紙や壁紙として使われ、長年使用してもその光沢は衰えずに美しさを残す。
「唯一の工場をなくすのはもったいない」
1969年に父・恵三さんが始めたアバカの織物業だが、子供の頃の乗松専務は この仕事に興味がなかったという。
そま工房・乗松浩美 専務:
織屋をやっているのはわかっていたけど、どういうものを織っているのかも理解していなくて、友達に「お父さんとお母さんはどういう仕事しているの」と聞かれても説明がうまくできないし、言ってもわかってもらえないというのがちょっと恥ずかしかったりして嫌でしたね
ファッションが好きでアパレル会社で服の販売や仕入れなどの仕事をしていた乗松専務が工房を手伝うようになったのは12年前。結婚や子育てを機に仕事を辞めたことがきっかけだった。
乗松専務は「子供の頃に見ていたものとは見方がだいぶ変わって、やっていくうちにすごくおもしろくて魅力的な素材だと思うようになった」と話す。
最盛期には国内で20軒ほどあったアバカの織物工場だが、加工に手間がかかることやふすま紙の需要の減少、それに海外から安価な製品が輸入されるようになったことなどから1980年頃にはそま工房が国内に唯一残る工場となった。
工房を引き継ぐことを決意した乗松専務は、2年ほど前、一緒に業務に携わってきた義理の姉・伊藤和美さんを社長に、自らが専務となり株式会社として事業を承継した。
乗松専務は「日本で1軒だけになってしまったこの織物(工房)をなくすのはもったいない。なくすのは簡単だけど、なくしちゃったら今度始めるというのはすごく大変なこと。自分たちができる範囲で守っていければと社長と考えた」と、事業承継を決めた時の想いを語ってくれた。
会長となった父・恵三さんも工房で製造に励みながら50年以上培ってきた技術を娘たちに伝えている。
そま工房・伊藤恵三 会長:
慣れないとしょうがない。糸と仲良くなること(笑)本当は私の代で終わるつもりでいたけど、これが続いてくれるといいですね、楽しみ
アパレル経験いかして新商品開発
伝統を受け継ぐ中で見えてきた課題もある。それは認知度だ。アバカの魅力を多くの人に知ってもらいたいと、2019年にオリジナルブランド「Soma」(そま)を立ち上げた。
生地の開発や商品の企画までを一貫して行い、ヘアゴムやイヤリング、名刺入れといった小物からバッグや帽子まで様々なアイテムを展開している。
製品によって生地の密度や色を変えていて、中にはアバカ布を織る際にロスになってしまう糸を溶かして作った紙のバッグなどもあり多種多様だ。
ベージュ色の生地にアバカを使っている羽織は、会長であり父の恵三さんが独自に編み出した織り方で、「阿字織(あじおり)」という生地に凹凸が出るような織り方を手織りしているそうだ。
和装だけでなく洋服にも取り入れて使えるようにアパレル経験を活かしてコーディネートの提案もしているそうだ。
試着できるカフェスぺ―スも
魅力を広めるための挑戦はほかにもある。
掛川市にあるアトリエを月に一度カフェスペースとして開放し、アバカの魅力を直接感じてもらう取り組みを始めている。
来場者の中には試着をする人のほか、すでに帽子を愛用している人もいた。
アバカ布帽子の愛用者:
風合いがたまらなく良い。落ち着く色合いと。ぐしゃぐしゃにしても、そんなに悪くない感じなのでエイジング(経年変化)してもいいと思っている
娘も母親の姿に憧れて
3人の子供の母親でもある乗松専務。子育てと仕事で忙しい日々だが、そんな母の姿を見てきた娘はこう話してくれた。
長女・美洸さん:
あまりないものを作っているのがすごくかっこいいと思っていて、お母さんのことも憧れていて、将来こういう仕事に就けたらかっこいいと思っている
「アバカの可能性はまだまだある」と意気込む乗松専務。
「難しいものに挑戦していきたいというチャレンジ精神は常に持っていたい。大きな夢ですけど海外に展開もしていきたいと思う」とほほ笑む。
伝統を守りながら挑戦する思いと技は、きっと伝統織物を次世代に紡いでいくはずだ。
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