健やか

愛すべき「粗忽者(そこつもの)」 ダメな人がいるから落語の世界はすばらしい【テレビ寺子屋】

落語によく出てくるうっかり者の代名詞「与太郎」。そんなダメな人も許容する落語の世界を思えば、世の中は生きやすくなると、落語家の立川談慶さんは語ります。

9月17日に放送されたテレビ寺子屋

テレビ静岡で9月17日に放送されたテレビ寺子屋では、落語家の立川談慶さんが落語の世界によく出てくる粗忽者の代表「与太郎」について語りました。

愛すべき「粗忽者(そこつもの)」

落語家・立川談慶さん:
「粗忽者」は、いまではあまり使わない言葉ですが、ドジでおっちょこちょいというダメな人を表す言葉です。現代社会では、「一生懸命努力して、人よりいっぱい稼いで、いい社会生活を営みなさい」という暗黙のプレッシャーがかかりますが、落語の中の人物はおしなべて粗忽者です。

落語家・立川談慶さん

一生懸命頑張って成果を収めたという人は、なかなか落語には出てきません。出てくるのはドジでおっちょこちょいでダメな人。落語を聞くことで「ダメでもいいんじゃないかな」と思ってもらえれば、この世の中を生きやすくなると思います。

窮屈な世の中に落語は必要

いまの時代は本当に細かいですよね。この間、笑ってしまう出来事がありました。コーヒーカップを買って箱のふたを開けると、注意書きに「落とすと割れることがあります」と書いてあるんです。

要するに「割れたぞ」と文句を言う人が増えているから、その意見を未然に防ぐためにそういう差配がなされているわけです。気遣いは必要かもしれませんが、親切が行きすぎて、かえって窮屈になってしまっている気がします。

そんな、ちょっと窮屈だと感じている人たちが落語を聞きに来て、「昔はああだったんだ、落語の世界っていいな」と心をほぐして帰っていただけるから、落語が成り立っているわけです。

与太郎はバカじゃない?

粗忽者を一番パワーアップさせた存在が「与太郎」、ドジでダメな人の代名詞です。与太郎が出てくる落語を「与太郎ばなし」と言い、その中に「道具屋」というはなしがあります。

道具屋はいまで言うフリーマーケットの元祖のような店で、与太郎はそこで壊れた時計を売っています。客が来て、「こんな壊れた時計なんか売りつけるんじゃないよ。こんなもの買っても意味ないだろ」と言うと、ここで与太郎が落語史上に残る発言をします。「そんなことないよ。壊れた時計でもね、一日に二度は合うよ」。

分かりますか?「10時10分で止まった時計は役に立たない」と思うのが凡人の発想です。でも与太郎は、「午前と午後の10時10分に合う」と、こういう発想をするんです。

師匠の立川談志は、「与太郎はバカじゃない。ダメじゃない。ただ、非生産的なだけだ」と言っていました。もっと掘り下げてみると、壊れた時計にすら存在意義を与えてあげるというのは、与太郎の優しさではないかと思います。

もし現代に「寿限無くん」がいたら

落語家・立川談慶さん

「寿限無」という落語があります。長い名前を付けられた子供がもたらす騒動のはなしです。

ある小学校で寿限無を披露すると、5年生の女の子が「落語の登場人物はみんな優しいんですね。私のクラスに、もし寿限無くんみたいな長い名前の子が転校してきたら、私はからかったり、『変な名前だね』とちょっと意地悪なことを言ったりするかもしれない。でも、落語の世界にはそういう人は出てこないんですね」と言ったのです。

「否定したりつっこみを入れて相手の行動を是正したりするよりも、まずは受け入れてしまったらどうか。受け入れるところから面白いことが始まりますよ」ということを、寿限無は訴えているのかもしれません。

何が言いたいのかというと「許容」です。ダメなことを言う人間がいたら、まずは受け入れてみよう。相手のことを受け入れたということは、自分のダメな部分も受け入れてもらいやすくなります。社会というのはフィフティーフィフティーでできています。

ダメな人たちを否定するどころか、コミュニティの大事な構成要員として優しく受け入れている。その受け入れている側にも注目して落語をきくと、さらなる深みを感じられるのではないかと思います。

立川談慶:1965年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業。3年間のサラリーマン経験を経て、落語の道へ。立川談志18番目の弟子。2005年真打昇進。本格派(本書く派)落語家、著述業でも活躍。

※この記事は9月17日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。

フジテレビ系列で放送中の番組。「子育てってなんだろう」。その答えは1つではありません。テレビ寺子屋では子育てや家庭のあり方について様々なテーマを元に毎回第一線で活躍する講師を招いてお話を聞きます。