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育児漫画家の高野さんは子供が巣立ったあと大きな喪失感にさいなまれました。いやしてくれたのは、子供のためと思っていた「家族サービス」の思い出。子供へのサービスではなく、自分への“ギフト”だったと思い返します。
8月20日にテレビ静岡で放送されたテレビ寺子屋では、育児漫画家の高野優さんが、子供の引っ越しをきっかけに感じた喪失感について語りました。
自由を求めた子育て時代
育児漫画家・高野優さん:
わが家の三姉妹が7歳、5歳、1歳だったころ、私は子育てに明け暮れ、いつもこんなことを思っていました。
「ああ、自分だけの自由な時間が欲しいな。もしも1時間あったら、喫茶店で熱いコーヒーをゆっくり飲もう。2時間あったら映画館に行って、子供の好きなアニメではなく、自分の好きな洋画を字幕で見たいな」。
そして、3時間も自由時間があったら大変です。「まずは美容室に行って、カットをしてパーマをしてトリートメントをして、ハイライトまで入れちゃうかもしれない」なんてことを、一人で妄想していました。
私は趣味も多く、ありがたいことに友人にも恵まれている。娘が1人巣立ってもまだ2人いるから平気だと思っていたんです。
そして時が流れ、娘たちは全員成人を迎えました。長女は会社員、次女は障がい児保育の道に。三女は大学2年生になりました。
次女と離れて気付いた喪失感
そして3年前、次女が突然巣立ちました。私は勝手に「次女は一番後に家を出るのではないか」と考えていました。ところが職場の近くに住みたいからと家を出ることになったのです。
いざ引っ越しの日。次女の友達が軽トラックを借りてきてくれて小さい荷物を載せ、次女は助手席に乗りこみました。私は「ここが大事だな、さっぱり笑顔で見送ろう」と心に決め、平気な顔をして「ちゃんとご飯食べるんだよ。しっかりね」とベランダから手を振ったんです。
車がどんどん小さく見えなくなっていきます。そして、角を曲がったあと私はどうしたか。号泣です。「うわー」って泣いて、こんなに大きな声で泣くんだ、こんなに涙が出るんだっていうくらい泣いたんです。もう悲しくて悲しくて。
「胸に穴があくってこういうことだ。もっと伝えたいことも教えないといけないこともいっぱいあったのに」。でも一番は、親の勝手な気持ちかもしれませんが、もっと一緒に暮らしたかったと、そんなことを思いました。
「空の巣症候群」を克服するには
子供に手がかからなくなったら、あれもしようこれもしようと考えていたはずなのに、いざ成人を迎えたらそんな気持ちはなく、ただ寂しくて切なくてやる気も出ません。
なんだろう、このもやもやした気持ちはとため息も多くなりました。その時に気づきました。これが、うわさの「空の巣症候群」だと。
私は全国各地で子育てに関する講演会を行っています。仮に私が2人いて、もう1人の自分が客席から質問したとします。
「娘たちにとって私はもう必要がないのか?子育てが終わり、何の意味があるのか?」と。壇上の自分が、なんと答えるか考えてみました。私はたぶんこう言うと思います。
「そこまで悲しく思える自分をほめてあげましょう。きっと慈しんで全力で育てたから芽生える感情です」。そして一番大事なのはここからです。「何より、自分の力で道を切り開く子供に育てた、あなた自身を誇りに思いましょう」。
子供は、ある日突然羽ばたきます。いったいどこにそんな大きな羽を隠し持っていたのかと思うほどです。
家族サービスは親へのギフト
「家族サービス」という言葉があります。どんなに疲れていても、子供の笑顔が見たいがために休みの日は頑張ってどこかに出かけたりしていました。それは子供のためのサービスだと思っていましたが、いまになって違うことに気づきました。
子供たちが巣立ってぽっかりと胸にあいた穴を埋めるのは、自分が家族サービスと呼んでいた子供たちと一緒に過ごした時間や笑顔、はしゃいだ表情、泣き顔やぐずっている姿だったのです。
その温かい思い出が少しずつ穴を埋め、心を温めていってくれます。家族サービスは子供へのサービスではなくて、自分へのサービス、ギフトだったのです。
一人の時間が欲しいと思っていたあのころが、親として一番輝いていた宝物の日々だったと思います。
高野優:育児漫画家・イラストレーターであり、三姉妹の母。2015年に、ベストマザー賞文芸部門受賞。漫画を描きながら話をする独特なスタイルで子育てに関する講演を行っている。
※この記事はテレビ静岡で2023年8月20日に放送された「テレビ寺子屋」をもとに作成しています。