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この写真、木々は緑の葉を広げ、森は見通しがよく気持ちがよさそうな場所に見えますが、実はかなり不健全な森の特徴を示しています。森を衰退させている犯人はシカです。静岡・天城山の周辺を、シカ対策の専門家と歩くと、全く違った風景が見えてきました。
写真のどこが不健全なのか
最初の森の画像は何が健康的な森とは違ったのでしょうか。
足元に目を向けてみましょう。
落ち葉が少なく土がむき出しになっています。数十年後に主役になるはずの幼木は見当たらず、動物たちが身を隠すササなどのやぶもありません。
中央のヒメシャラは天城周辺の代表的な木ですが、1.5mぐらいの高さまで樹皮が剥がれています。

そのぐらいの背の高さの野生動物と言えばニホンジカです。
木の芽や下草は食べ尽くし、樹皮まで剥いで食料としているのです。
森のことを知らないと、一見美しい森に見えますが、相当危険な状態に陥っているのです。
登山道にも悪影響か
伊豆半島の天城エリアで活動する登山道の整備団体「天城トレイルワーカーズ」の代表・倉原卓也さんは、整備をしても周辺の植生が思ったより回復しないことが気になっていました。
天城トレイルワーカーズ・倉原卓也さん:
ここは2023年に整備をした場所です。登山道沿いの斜面が崩れないよう配慮して作りました。土は安定し、緑が復活する気配もありましたが、思ったほどには回復していません

天城トレイルワーカーズが整備をする二本杉歩道は、下田から三島まで伊豆半島を南北につなぐ古道「下田街道」の一部で、登山ファンのみならず歴史ファンにも関心が高い道です。
しかしここ10年は土砂崩れにより通行止めになっています。歩道を管理する河津町からの依頼で、倉原さんは2023年から修復にとりかかり、復旧に向け一般のボランティアも参加して道直しが行われています。
ところが修復を始めてみると、登山道に残されているシカのふんの量に驚きました。せっかく整備した木段に芽を出した幼木の葉は、かみちぎられていました。

それだけではありません。
最近突如、大量の水が流れ込み登山道が破壊される場所を目にするようになりました。上流を調べてみると、下草がほとんどなくなり土が露出しています。
下草や落ち葉を食べ尽くされた山は保水力を失い、大雨が降れば雨水は露出した地表を直撃して土壌を浸食し、土砂を伴って下流に一気に流れ下るのです。
落ち葉まで食べるシカ

シカ対策の専門家である、静岡県森林・林業研究センターの大橋正孝さん(森林育成科長)、そして天城トレイルワーカーズの倉原代表とともに二本杉歩道を歩きました。
大橋さんは静岡県内で増えすぎたシカの捕獲対策を推進する中心的な役割を果たしてきた、シカのエキスパートです。

林道脇に車を止めるやいなや、大橋さんは足跡を見つけました。
シカの足跡は二つのひづめが並んでいるのが特徴です。イノシシはかかと部分にも上づめの痕がつきやすく、見分けがつきます。
登山道の脇は広大な国有林で、主にスギが植えられています。その中に茶色い木肌がむき出しになったスギの木を見つけました。

そこは傾斜が緩やかで、広場のようになっていました。見回すとあちらにも1本、こちらにも1本、樹皮を剥がれた木が。シカの樹皮剥ぎです。
県森林・林業研究センター 大橋正孝さん:
ササはシカの冬の食料の筆頭です。落ち葉さえ食べます。樹皮も嫌々食べているわけではありません
木は樹皮を剥がれると養分(水分や糖分)が上部に届かなくなり、徐々に枯れていきます。

その食事量は1頭で生葉や草を1日3kg、1年で1tに及びます。樹木の新芽や幼木など、ひとたまりもありません。
天城山一帯には「スズタケ」というササの一種が広範囲に茂っていましたが、シカの保護柵の中に残る程度になってしまいました。

ササやぶは動物や鳥たちの隠れ家でもありましたが、今では隠れる場所はありません。
シカの影響は植物だけではなく、動物たちにも及ぶと大橋さんは言います。
県森林・林業研究センター 大橋正孝さん:
クマやイノシシなど他の動物に比べてシカは“別格”です。何が別格かと言うと、他の動物は増えてもこんなに森林の生態系への影響は出ません。シカは私たちの生活をも脅かします

このままの状況が続けば、裸にされた伊豆の山々は大雨で崩れてしまうかもしれない、そんな危機に直面しています。そのことに、麓で暮らす人やハイカーたちなど、どれだけの人が気づいているのでしょうか。
歴史を振り返れば爆増は必然
シカの数は全国で、過去25年の間に推定10倍に増えていると推定されています。まさに“爆増”と言っていい状況です。
2014年以降は、ゆるやかな減少傾向のようですが、依然として多い状況が続いていることから被害状況は予断を許しません。
2024年の静岡県の調査によると、二本杉歩道周辺は1平方kmあたり10~30頭が生息すると推定されるエリアでした。捕獲の効果が出て前年と比較すると減少していますが、まだ県が目指すレベルには至っていません。

伊豆半島では草原を数十頭の群れで走る姿が目撃されています。
シカは群れで行動しますが、二本杉歩道のような森林の中では3頭程度のグループとなるそうです。だからといって油断は禁物です。

2歳以上のメスは毎年出産します。
県森林・林業研究センター 大橋正孝さん:
乱婚型のシカはメスの数だけ子が生まれます。温暖化などにより、冬を越せずに死亡することも少なくなり、捕獲をしなければ減る要素はありません。シカは増えないわけがないんです

歴史をさかのぼれば、シカが激減した時期もあったそうです。それは明治期、国産銃が民間に払い下げられ、狩猟が盛んに行われるようになり、シカの捕獲圧が一気に高まりました。今とは逆にシカが激減したため、国は1947年から60年間にわたってメスジカを禁猟としました。
狩られなくなったシカは、人が考えていたよりずっと旺盛に数を増やしていったのです。

シカ対策に必要な2つの考え方
最後に大橋さんに、どのような対策をとるべきか聞きました。
県森林・林業研究センター 大橋正孝さん:
守りたいものの選択的「保護」と、シカの数を減らすための「捕獲」。この2つです
捕獲計画の成果が現れるまで待っていては、その間に守りたい植生はどんどん失われていきます。高山植物をシカ柵で囲ったり、樹木にネットをかけて樹皮剥ぎを防ぐのは“守り”一手。捕獲との二本立てで進めていく必要があると言います。

二本杉歩道でも実験的にシカ柵を設置する動きがあります。登山道周辺で樹皮剥ぎやふんが多く見つかった場所を選定し、地権者である林野庁に設置許可を求めています。
密度が高すぎる植林は間伐を進め、日の光が地表まで届くようにすることも必要です。

緑豊かに見える伊豆の森も、実は深刻な危機に瀕していました。登山者や地域住民が身近な森の異変に気づき、関心を高めることが、美しい伊豆の森を次世代に残す第一歩となるでしょう。
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