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久能山東照宮博物館で、徳川家康の愛刀「ソハヤノツルキ」や、3代将軍・家光が奉納した刀剣「雲次」などが3月1日まで公開されています。由緒ある名刀を間近で鑑賞できるチャンス。鑑賞のポイントを聞きました。
【画像】記事中に掲載していない画像も! この記事のギャラリーページへ今回の目玉は「雲次」特集
徳川家康をまつる久能山東照宮の博物館で、新春企画展「久能山東照宮の名刀とその流れ」が3月1日まで開催されています。
多くの刀剣を所蔵する久能山東照宮の中でも、最も貴重な宝とされる家康の愛刀「太刀 無銘 光世作(ソハヤノツルキ)」と、3代将軍・家光が奉納した「太刀 銘 雲次」をはじめ、全国各地から集められた同じ刀工名を持つ「雲次(うんじ)」6振が並びます。

今回の企画展でとりわけ注目したいのが、刀工・雲次に焦点を当てた展示です。
鑑賞ポイントを教えてくれたのが、今回の企画展で全国各地から雲次の作を集めた、久能山東照宮博物館の学芸員・宮城島由貴さんです。

まず刀を鑑賞するポイントを3つ教えてもらいました。
久能山東照宮博物館 学芸員・宮城島由貴さん:
一つ目は“姿”。反りなど全体のかたちを見ます。二つ目は刀工ごとに特徴が表れる刀表面の地鉄(じがね)と呼ばれる“模様”。そして三つ目が“刃文”です
この3つのポイントを見比べることで、刀の個性を味わうことができるそうです。
謎多き霊刀「ソハヤノツルキ」
雲次の作の前に、まずは家康の愛刀「太刀 無銘 光世作(ソハヤノツルキ)」を鑑賞します。

ソハヤノツルキは「大坂の役後なお不穏な動向の残る西国に鋒を向けて立てておくように」という家康の遺言から、久能山東照宮創建の際、守り刀として奉納されました。家康の思いは死後もなお、この刀に託されたのです。
久能山東照宮博物館・宮城島さん:
家康は病床で遺言を残す際、ソハヤノツルキを“自分自身”だと思って守り神にするよう託しました。久能山東照宮では遺言を守り、創建時から最も神聖な社殿の一番奥に安置してきました
宮城島さんに教わった鑑賞ポイントでソハヤノツルキを見ると、反りが中央にある中反りで、長さの割に幅が広く、どこか勇ましい印象を受けます。

近くで目を凝らすと、刀表面の模様である地鉄(じがね)は緻密で、刃文はまっすぐに走る直刃(すぐは)と呼ばれる形です。
全体から受ける印象は、堂々として勇ましい。しかし近づいてみるほどに、細やかで穏やかな表情が現れ、まるで家康の人柄や意志が宿っているかのようです。
久能山東照宮博物館・宮城島さん:
刀の長さは太刀としては短く、その一方で身幅が広く、武士が好みそうな猛々しい力強い印象を与えます。この堂々とした姿は、鎌倉時代の作風をよく表しています。一見重そうな見た目に対して、実際に持つと軽く、実用的に作られている所がこの刀の特徴です
ソハヤノツルキは、平安時代から室町時代にかけて筑後国(現在の福岡県)で名をはせた刀派「三池(みいけ)」の刀工「光世(みつよ)」による作と考えられています。

光世は代々名乗られた刀工名で、ソハヤノツルキを手がけた光世は鎌倉時代中期の刀工と言われています。
なお、光世を代表する作の一つ前田家伝来の国宝「大典太光世(おおでんたみつよ)」を作った光世とは時代が異なりますが、「光世」の名を持つ刀工たちはいずれも高い評価を受けてきました。
刀としては名前が入っていないことを示す「無銘」ですが、茎(なかご/柄に収まる部分)にカタカナで「ソハヤノツルキ」と刻まれていることから、この名で呼ばれるようになりました。

なぜ「ソハヤノツルキ」と刻まれたのか。
「ソハヤ」は平安時代の武将・坂上田村麻呂が所用していた刀「駿速(そはや)」との関わりを指摘する説などいくつかの見解があります。
久能山東照宮博物館・宮城島さん:
作風そのものは鎌倉時代の特徴を備えていますが、ソハヤノツルキという文字は、その刻まれ方から室町時代のものと考えられています
家康以前の所有者も不明で、名前の由来は今もなお謎のままです。
家光奉納の太刀「雲次」
3代将軍・家光が奉納した「太刀 銘 雲次」は、家光自身が1634年(寛永11年)に久能山東照宮へ参拝した際に奉納した刀剣です。
雲次は備前国(現在の岡山県)の「雲類(うんるい)」と呼ばれる刀派に属します。父の雲生から子の雲次へと続いたとされますが、3代続いたかどうかという程度で、約100年ほどしか活動していない刀派と考えられています。そのため現存作が少なく、きわめて貴重です。
「雲次」と名の付く刀は作品ごとに作風の特徴が変わりますが、こちらは一言でいうと“優美”という言葉がふさわしい一振です。

作者の雲次は備前国の刀工でありながら、一般的な備前物とは異なります。
同時代の備前国では、武士が好む豪壮な姿に、華やかで派手な刃文を備えた刀が主流でした。しかし京風の作風が見られる点がこの作品の大きな特徴とされています。
久能山東照宮博物館・宮城島さん:
この雲次の特徴は備前国の刀でありながら、貴族社会が近い山城国(現在の京都)の特徴が見られます。他の備前国の刀とは対照的に、中央に反りのある中反りの優美な姿で、身幅は細く、刃文もおとなしく、全体として非常に上品な雰囲気をまとっています。
雲次は備前の刀工でありながら、他国の特徴を取り入れることができるほど、高い技量を持っていたことがうかがえます。

ではなぜ家光は雲次を奉納したのか。
8代将軍・吉宗の時代に編さんされた刀工評価書「諸国鍛冶代目録」によると、雲次は雲類の中で高い評価を受けていと書かれています。そんな雲次に関する記録を多く残しているのが、家光でした。
久能山東照宮博物館・宮城島さん:
記録から雲次は家光が特に気に入っていた刀工であったとうかがえます。家光は祖父・家康を非常に敬っていたと伝えられていることから、所用していた雲次の中でも、最も上質な一振を選び、奉納した可能性も考えられます

展示室では、隣に猛々しい雰囲気を放つソハヤノツルキと、ほっそりとした姿の優美な雲次が並び、その対照的な存在感を見比べることができます。
あわせて展示されている拵も、鍔(つば)や柄(握るところ)や、太刀緒(巻かれたひも)にいたるまで、細部の装飾を間近で鑑賞でき、刀剣が武器であると同時に、美の結晶ともいえる芸術作品であることがうかがえます。
談山神社の短刀「雲次」

今回の展示の中で唯一の短刀として、奈良・桜井市にある談山神社が所蔵する「短刀 銘 備前国住雲□(次)」が展示されています。久能山東照宮博物館での公開は初めてです。
談山神社は、大化の改新で知られる藤原鎌足をまつる神社。古くから多くの刀剣が奉納され、現在も貴重な刀剣を数多く所蔵しています。

近くで見ると、短刀には梵字と仏具の三鈷剣が彫られていることが分かります。神社に奉納されていることから、実用性よりも何かの祈りが込められた短刀かもしれません。
久能山東照宮・宮城島さん:
雲次の短刀は現存数も少ないため非常に珍しい作品です。奉納された短刀ですが、詳しい記録は残されていません。茎をよく見ると、刻まれた文字が途中で切れており、後世に切断された可能性があることが読み取れます
詳細が分かっていないからこそ、この短刀が奈良の地でどのような時代をくぐり抜けてきたのか、想像は尽きません。
いずれにしても、この短刀「雲次」も人の思いや祈りが込められているように感じられます。

この短刀は、談山神社でも常時展示されているわけではないため、めったに見られません。この機会をお見逃しなく。
ほか4振の雲次とも見比べて
展示されているほか4振の「雲次」はいずれも個人蔵の刀剣で、今回の企画展のために宮城島さんが全国各地から集めたものです。
備前国の刀工でありながら、その枠にとらわれない多様な作風を持つ雲次らしく、一本一本の個性を見比べて鑑賞できる展示となっています。

博物館へのアクセスと刀剣乱舞コラボ企画
博物館の入館料は大人600円、小人300円。社殿の拝観料とのお得なセットもあります。
久能山東照宮の博物館へは、海側から1159段の石段を登るルートと、山側から日本平ロープウェイを利用するルートがあります。車やバスでは直接行けないのでご注意ください。
今回の企画展では、人気ゲーム「刀剣乱舞」とのコラボ企画も実施中です。

ロープウェイ往復券(半券可)と博物館の入館券を日本平ロープウェイ「日本平駅」の窓口で提示すると記念乗車証がもらえます。
他にもキャラクターのパネルやのぼりや、コラボ企画限定グッズの販売等がめじろ押しです!

家康の思いが込められたソハヤノツルキ、家康への思いを込めた家光の雲次。
2振並ぶ姿を見ると、時がたってもあせることのない2人の願いが刀に宿っていることが伝わってきます。武器という枠を超え、祈りや美を宿した刀剣の奥深い世界へと引き込まれる展示でした。
■施設名 久能山東照宮博物館
■住所 静岡市駿河区根古屋390
■開館時間 9:00~17:00
■問合せ 054-237-2437
■入館料 大人600円・小人300円
取材/大倉麻衣子
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