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静岡・伊豆市、修善寺温泉のど真ん中にあるゲストハウス。高級旅館が立ち並ぶなか、この宿泊施設が提供するのは1泊4000円のカプセル型のベッド。気になって泊まってみました。
各ベッドに“土地の名前”
「ITJ BASE Shuzenji(アイティジェーベース シュゼンジ)」があるのは温泉街の中心、古刹「修禅寺」の3軒隣、赤い橋の目の前です。
1、2階はクラフトビールも飲めるカフェ。3階がゲストハウスです。
まだ新しい木が香る二段ベッドスタイルで、シングルが18スペース、ダブルが2スペース。女性専用部屋もあります。
寝具はふかふか、まくらは固めの低反発で快適な寝心地でした。
シーズンを問わず1泊4000円(ダブルは1人利用6000円、2人利用8000円)で、ミニキッチンや広い共有スペースもあります。子供は中学生以上が宿泊できます。
各スペースには伊豆にある土地の名前が書かれています。「伽藍山」に「戸田峠」。この名前がITJベースがどんな所なのかのヒントでもあります。
ITJベースを運営するSOTOE・千葉達雄社長:
イズトレイルジャーニー(ITJ)というトレイルランニングのレースを伊豆で開催している会社が運営しています。毎年全国から1500人以上が集まる人気のレースです
1階の壁に描かれているのがそのコース。松崎町から修善寺まで約70kmを制限時間14時間以内で走破するレースです。コース上の地点が、各スペースに付けられた名前の正体でした。
アウトドアの客にうれしい設備
施設内にはアウトドアで汗をかいた後に助かる、シャワースペースも併設されています。立ち寄り客も利用でき、バスタオルの有料レンタル(100円)もあります。
ゲストハウスに温泉はありませんが、近くに日帰り温泉がたくさんあるので問題ありません。歩いて30秒の目の前には源頼家が入浴したと言われる名湯「筥湯(はこゆ)」があるのです。
スーツケースが置けるスペースや、カギ付きのロッカーもあります。気軽に泊まれるからか、海外から来た若い旅行客の姿もありました。
まだバスが動いていない時間帯から活動を開始したいランナーやハイカーのため、コースの出発地点まで送迎してくれるサービスも。かゆいところに手が届きます。
敷地内には最近増えてきたバイカーやサイクリング客のための、サイクルピッドもありました。おしゃれな施設ですが、天井にはツバメが巣を作っていて、ほのぼのとした雰囲気です。
観光や温泉の後にクラフトビール
1階と2階には宿泊客以外も利用するカフェスペースがあります。
ITJベースが賑わっているもう一つの理由は、このカフェスペースにあるクラフトビールです。修善寺「ベアードビアー」の生ビールを常時提供。
伊豆の鹿「イズシカ」のジャーキーや、地元の精肉店「豪匠」のパリッパリのソーセージをつまみに、観光やアウトドア、温泉に入った後の1杯を求めて、宿泊客以外も訪れます。
お酒が苦手な人や車を運転する人に試してもらいたいのは、クラフトジンジャーエールとクラフトコーラ(各500円)です。てんさい、カルダモン、クローブなどをブレンドして作るのですが、スタッフ全員が作れるのだそうです。
カフェのスタッフ:
コーラやジンジャーエールはホットでも提供していて、少し甘めなので子供も喜んで飲んでくれます
宿泊客が予約すればプラス500円で食べられる朝食のサンドイッチも、シンプルながら満腹になるメニューです。コーヒーは社長お気に入りの豆、山を越えた隣の港町・戸田(へだ)の焙煎所「Tagore Harbor Hostel」のものを使っています。
こうしてITJベースは誕生した
修善寺のど真ん中にITJベースができたのは2021年の秋。
社長の千葉達雄さんは修善寺出身です。マクドナルドや沼津市観光協会、東京のスポーツマネジメント会社を経て、伊豆でトレイルランニングのレースを開催するため帰郷しました。
伊豆には半島西側の山域を南北に走る「伊豆山稜線歩道」があります。ブナの原生林から富士山と駿河湾を見渡す爽快な笹原へと続く変化に富んだルートは、日本屈指の充実したトレイルです。
千葉さんはまだトレランが珍しかった頃、箱根で1000人規模の大会が開かれるのを知りました。前夜には温泉街をレースの参加者たちが歩く姿を目にし、故郷の伊豆でもと考えました。
伊豆で大規模なレースを開きたい。勤めていたスポーツマネジメント会社に提案しますが、もうからないと見向きもされなかったので、思い切って会社を辞めます。
地元に戻った千葉さんに声をかけたのは、地域の衰退を心配していた松崎町の当時の町長でした。早速トレランレースを提案。2013年の最初の大会は、松崎町観光協会が事務局を務めてくれることになりました。
サーバダウン、炎上、波乱の初回レース
それでも当初、地元の人からトレランは奇異な目でみられ、お金を払って走りに来る人がいるのか、人が集まるわけがない、あの人は嘘つきだと笑われたそうです。
ITJベース・千葉達雄社長:
ところが、エントリー開始当日。1500人の枠に応募が殺到しました。サーバーは落ち、6時間も復旧できずSNSは炎上。大変なことになりましたが、それがかえって地元の人にインパクトを与えてくれました。本当に人が来るんだと
夢は続く・・・どこまでも
それから10年、千葉社長は会社を設立し、安定して毎年レースを開催できる体制を作りました。しかし、まだ何かが足りない・・・
ITJベース・千葉達雄社長:
レースは1年に1回。確かにボランティアも合わせて3000人近い人を集めますが、山の中を走っているので地域のレガシーになっていなかったんです。そこで「ITJ」という看板を修善寺のど真ん中で365日掲げることにしました
元々飲食店や塾が入っていたビルを改装。1年を通してランナーやハイカー、サイクリング客が訪れる拠点として始めたのがITJベースでした。
修善寺の観光業の人たちに、アウトドアスポーツ客という新たな客層がいることを知ってもらうきっかけになればとの思いもあります。
ITJベース・千葉達雄社長:
「トレイルカルチャー」文化を伊豆の地に創りたいと思っています。伊豆は一部を除いて1年中雪が降らないというアドバンテージがあり、ハイキングやトレランに向いています。伊豆半島最南端の石廊崎から長距離を何日もかけて歩くコースを整備すれば、外国人客が好むロングトレイルのコースができます。また登山道を自分たちで整備したり、危険箇所をパトロールをしたり、そういう文化を伊豆に築きたいんです
修善寺のど真ん中にできたリーズナブルなゲストハウスの正体は、壮大な夢へと続く、はるかなるトレイルの始まりでした。