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28人の命に加え、多くの住民の日常を奪った土石流の責任はどこにあるのか。遺族や被災者が、土石流起点部の盛り土の所有者や行政の責任を追及する裁判を起こしている。ただ裁判はこれまで2回しか開かれていない。遺族は、熱海市が開示した「黒塗り」の文書に不信感を募らせ、裁判の長期化を心配する。
◆母は土石流に命を奪われ…三回忌
瀬下雄史さん(55)の母・陽子さんは2年前の土石流で命を落とした。
77歳だった。
その陽子さんの三回忌が、2023年6月27日、瀬下さんの自宅がある横浜市で営まれた。
2021年7月3日、熱海市伊豆山地区を土石流が襲い、災害関連死も含めて28人が犠牲になった。
土石流が川を流れ下る瞬間を、住民が撮影していた。
上空からリポートする蓮見直樹アナウンサー:
土石流が発生した熱海市伊豆山地区です。元々この地域にあった建物も原型を留めていません。どんな街並みだったのか想像することもできません
被害者の会・瀬下雄史会長:(2021年9月)
生前の面影がかけらもなく、「本当にこれが母だったのか」というような状況で現実感がなかったのですが、全国にまだまだ危険な盛り土がたくさんあるという事実を前に、「こういった悲惨な事件を二度と起こしてはいけないんだ」という思いに変わっていきました
瀬下さんは遺族や被災者 約100人からなる「被害者の会」の会長に就任した。
被害者の会発足や民事訴訟の提訴など、節目節目で遺族・被害者の代表として、中心的役割を果たしてきた。
◆前・現 土地所有者と行政の責任を追及
土石流は起点部の違法な盛り土が、被害を拡大させたと指摘されている。
2021年10月 警察はこの盛り土を造成した土地の前の所有者と、その土地を購入し放置し続けた現所有者の関係先を、業務上過失致死などの疑いで家宅捜索し、捜査を続けている。
瀬下さんたち被害者の会は、この前・現所有者に加え、「違法な盛り土の造成を許した」として、静岡県と熱海市を相手取り損害賠償を求める裁判を起こしている。
裁判は2022年5月に始まったが、2023年7月までに開かれた口頭弁論はわずか2回だ。
◆“黒塗り”文書に不信感 裁判長期化を心配
当初、熱海市は盛り土に関する資料のうち、黒塗りにした部分の開示を拒否してきた。
しかし、遺族や被災者からの強い反発を受け方針を転換し、2023年4月 ようやく黒塗り部分の一部を開示した。
瀬下さんは熱海市の一連の対応に強い不信感を抱くとともに、裁判の長期化を懸念している。
被害者の会 瀬下雄史会長:
(熱海市に)請求しても、なかなか黒塗りの文書が(開示して)提出されない。時間稼ぎに終始するやり方。これから先のまだかかる時間を想像すると、少し気が遠くなる、辛くなる
熱海市の対応については、現在の土地所有者の代理人弁護士も苦言を呈している。
現土地所有者の代理人・河合弘之弁護士:
本当に膨大な記録になっています。それをみんなが読み込んで理解するだけでも大変です。だからその時に(黒塗りで)謎解きみたいなことをやらされながら記録を読むと、ものすごく時間かかるし、マスキングのせいで真相究明にも障害になっています。今やっているようなペースでいくと、下手すると今から10年かかると思いますけど。そんなことでいいんですか
裁判との向き合い方について、熱海市の担当者は「係争中のためコメントできない」としている。
◆誰が母の命を奪ったのか
瀬下さんが昔 撮影したビデオには、母親の陽子さんが父親に歯磨きを教える姿が残っていた。
母・陽子さん:
ゆっくり1本ずつ、お母さんがいつも言うでしょ。「1本ずつ洗うんだよ」って
「2人はとても仲が良かった」と、瀬下さんは両親をしのぶ。
あの日から2年たったとしても、母を失った悲しみが、母の命を奪われた怒りが消えることはない。
被害者の会・瀬下雄史会長:
どうしても脳裏に浮かんでしまう、本当に可哀想だなって。それを思うたびに ものすごく苦しい、今でも苦しいです。口先だけの謝罪は本当にいらないと思っています。そんなポーズはいらない。しっかりと罪を償っていただきたい。司法の場でしか結論は出ないと思っていますので、そこはしっかりと引き続き戦っていく
盛り土の前所有者、現所有者、静岡県、熱海市。
誰が母の命を奪ったのか、瀬下さんは明確な「答え」を求め続けている。