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静岡県の川勝平太知事が2021年11月に「自らにペナルティを科す」として、翌月に支給予定の期末手当(ボーナス)や給料を返上すると表明しながら、いまだ実行されていないことについて県内外で物議を醸している。なぜ今、この問題が再燃しているのか?”ペナルティ”発言に至った経緯とともに解説する。
◆全国的にも批判を浴びた”コシヒカリ”発言
事の発端は2021年10月23日。
翌日には、同年行われた静岡県知事選挙に自民党推薦候補として参議院議員(当時)が立候補したことに伴う参議院・補欠選挙の投開票が控えていた。
川勝知事はこの日、浜松市で行われた無所属・新人候補のマイク納めで応援演説を行った。この無所属・新人候補こそ県知事選で川勝知事のマニフェスト作成に貢献した同市出身の元県議で、知事は「私の弟分」「私が県民党の党首で、彼は幹事長」などと持ち上げた。
一方、自民党が擁立したのは御殿場市長を12年あまり務めた新人候補。ただ、この候補は市長在任中から川勝知事との折り合いが悪かった。
「だから」とも言うべきか、ここで世間を騒がす発言が…。
川勝知事はマイクを力強く握り、こう絶叫した。
静岡県・川勝平太 知事:
こちら(浜松市)は食材の数も439ある静岡県のうち、2/3以上がここにある。
あちら(御殿場市)はコシヒカリしかない。だから飯だけ食って、それで農業だと思っている。
こちらにはウナギがある。これからはカキも出てくる、シラスもある。そして三ケ日ミカンもある。肉もある。野菜もある。玉ねぎもある。何でもある。もちろん餃子もある。
浜松、遠州その中心、経済はここが引っ張ってきた。
あちら(御殿場市)は観光しかありません。
同時期は衆議院議員選挙(2021年10月31日投開票)の選挙期間真っただ中と言うこともあってか、当初はこの”コシヒカリ”発言が注目を浴びることはなかった。
ところが、御殿場市議会議長(当時)がSNSを通じて「これ静岡県知事が言う言葉ですか。明らかに差別発言です」などと苦言を呈したことをきっかけに潮目が変わる。
最初は「誤解を生んでいる」「個人に向けた難詰」「言葉が切り取られた」と強気な態度でいた川勝知事。
しかし、問題は沈静化するどころか日を追うごとに大きくなり、全国からも注目される事態に自らの非を認め、11月10日には御殿場市長の元へと謝罪に赴いた。
◆県政史上初となる知事への辞職勧告
県のトップに立つ者が”差別”とも受け取られかねない発言を公然とした代償は大きかった。
静岡県議会の最大会派・自民改革会議は、第3会派・公明党県議団とともに一連の発言に対する抗議文を川勝知事に手渡した上で、法的拘束力を持ち、可決すれば「議会の解散」または「失職」を迫られる知事への不信任決議案を提出する方向で調整に入った。
ただ、出席議員の3/4以上の賛成を必要とする不信任決議はハードルが高く、自民改革会議は県議会臨時会の直前に一転して、法的拘束力を持たない辞職勧告決議案の提出へと方針転換した。
迎えた11月24日。自民改革会議の代表(当時)は議場で「本県の特定地域を差別し辱め、
本県を分断するような発言により県民の心を深く傷つけた」と声を張り上げ、辞職勧告決議案の提出理由を述べた。
採決の結果、賛成47・反対19で辞職勧告決議案は可決した。
知事に対する辞職勧告決議は静岡県政史上、初めての出来事だった。
◆「辞職勧告を重く受け止める」も即座に辞職を否定
閉会後、川勝知事が報道陣の取材に応じ、「全力で職責を全うする」と即座に辞職を否定した。
ここで飛び出したのが件の”ペナルティ”発言だ。
静岡県・川勝平太 知事:
自らにペナルティを科すと考えるわけですが、差し当たって年末の手当・ボーナスとか12月の俸給は全額、県民の皆様にお返しする、返上する。
期末手当(ボーナス)や給料を返上するためには県の条例を改正する必要がある。
だが、11月29日に開会した県議会12月定例会に川勝知事から条例の改正に関わる議案が提出されることはなかった。
とはいえ、川勝知事が何もしなかったわけではない。
知事の命を受けた県幹部は何度も自民改革会議の代表(当時)のもとを訪ねた。
しかしながら、自民改革会議が求めていたのは川勝知事が「給料を返上すること」ではなく「職を辞すること」であり、取り合ってもらえるはずもなかった。
この点について、川勝知事は12月22日に行われた定例会見で次のように述べている。
静岡県・川勝平太 知事:
担当の職員が懸命に調整に入ってくださったわけです。それが今日に至りまして、条例の上程(正しくは提出)に結びつかなかった。
私の自ら科すペナルティのために、担当の職員が一生懸命調整に入ってくださったことに対しまして、本当に感謝している。
ただ、川勝知事の認識に一点誤りがあるとすれば、議案の提出権限は当然ながら知事が持ち合わせており、自民改革会議の代表(当時)も条例の改正案を提出すること自体を否定したり、止めたりしたことはない。
現に県幹部は当時、「条例改正案を提出したのに否決というわけにはいかない」と可決に向けた調整を進めていることを明らかにしていて、採決の結果にこだわらなければ議案の提出そのものは知事の裁量次第で出来たはずだ。
また、同日の会見で記者から「来年の給料を返納する条例は検討しないのか」と問われた川勝知事は、曖昧な回答で明言を避けた。
静岡県・川勝平太 知事:
これ(条例の改正案)が(県議会12月定例会に)出せなかったという事実だけが残りましたので、ここはその事実を事実として、まず重く受け止めているということですね、今はどうするかはまだ決めておりません。
年が明け県議会2月定例会の開会を前に、県幹部は再び川勝知事の給料の返上に関わる条例改正案について自民改革会議の代表(当時)と水面下で調整を図ろうとするも、首を縦に振らせることは出来なかった。
そして、条例案は提出されることなく2021年度が終わり、川勝知事自身も給料の返上について言及しなくなった。このことについて県議会から特に指摘や追及もなかったが、この理由は会派構成を見れば一目瞭然だ。
県議会は当時、5人の無所属議員を除くと3つの会派で構成されていた。
このうち第1会派・自民改革会議と第3会派・公明党県議団は辞職勧告決議案を提出・賛成しており、川勝知事が「職を辞することを求める」立場だ。
これに対し第2会派・ふじのくに県民クラブは川勝知事を支持・支援していて、”コシヒカリ”発言についても抗議はせず、辞職勧告決議案の採決では所属する17人の議員全員が反対に回った。
つまり県議会では川勝知事の給料返上を求める声が元々、皆無だったということになる。
◆”給料返上”問題が再燃
こうして更に1年あまりが過ぎた2023年7月3日。突如として”給料返上”問題が再燃した。
ポイントはこの日、川勝知事の所得報告書(2022年分)が公開されたことにある。
所得報告書によれば、2022年中に川勝知事が給料や期末手当(ボーナス)を返上した形跡は見当たらない。
条例を改正していないのだから当たり前と言えば当たり前である。むしろ、条例が改正されていないにも関わらず自主的に返納していたとすれば、公職選挙法が禁じている寄付行為に抵触するおそれがあり、こちらの方が問題だ。
だから、川勝知事からすれば「なぜ今さら?」という思いがあるかもしれない。
しかしながら辞職勧告を受け、誰に求められるわけでもなく自ら”ペナルティ”と称して給料の返上を表明した張本人として、なぜ条例の改正案をこれまで提出してこなかったのかについては説明の必要があるだろう。
次回の静岡県・知事定例記者会見は7月11日。
この席で川勝知事が何を話すのか、多くの視線が向けられている。