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天守閣の姿に近づく新発見!「駿府城の絵図」展示 「静岡市歴史博物」各階の見どころ 【葵区】

2025年に山梨で発見され話題となった駿府城の絵図が、静岡市歴史博物館で一般公開されています。博物館の中でも必見の展示や、新発見の絵図の意味など、見どころをわかりやすく解説します。

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1階 家康が歩いたかも!? 城下町の道が目の前に

歴史博物館の外観
静岡市歴史博物館(静岡市葵区追手町)

駿府城公園のほとりに2023年にオープンした静岡市歴史博物館。JR静岡駅から歩いて18分。駿府城公園の東御門の近くにあります。

にむらあつとリポーターを案内してくれたのは、戦国の歴史に詳しい学芸員の鈴木将典さんです。

左)静岡市歴史博物館 学芸員・鈴木将典さん 右)にむらあつとリポーター

1階は無料のエリアになっており、「戦国時代末期の道と石垣の遺構」が展示されています。

静岡市歴史博物館 学芸員・鈴木将典さん:
両側に石が並んでますが、それが石垣の跡で、その真ん中にあるのが道の跡です

戦国時代末期の道と石垣の遺構

移設したのではなく、博物館のあるこの場所にあった遺構をそのまま保存して展示しています。

現在の駿府城跡は、江戸時代に家康が大御所になってから拡張しました。それ以前は二の丸までしかありませんでした。

展示されている道の遺構

博物館があるのは二の丸の外。この道の跡は、駿府城が二の丸までしかなかった時代の遺構なので、城下町の道の跡となるそうです。

静岡市歴史博物館・鈴木将典さん:
今の静岡の町も、駿府の城下町をもとに作られているので、その最初の段階の道が出てきたという非常に貴重な例になっています

戦国時代末期の道と石垣の遺構のCG復元

「もしかしたら家康がこの道を通ったかもしれない」と想像すると、ロマンがあふれます。

2階 家康の一生がわかる展示

2階では、家康の一生を分かりやすく展示しています。

2階以上は入館料が必要で、一般600円(静岡市居住70歳以上は420円)、高校大学生420円、小中学生150円(静岡市居住・通学者は無料)です。

家康がその人生で静岡に住んでいたのは3回。

1回目が8~19歳まで今川氏のもとで過ごした少年時代です。

2回目が44~49歳まで豊臣秀吉の時代に駿府に城を作って移り住んできた時期。

そして最後が66歳のとき。大御所となってから駿府に戻りました。大御所時代には天下普請(てんかぶしん)といって、全国の大名を動員して駿府城を三の丸まで広げました。

「厭離穢土 欣求浄土」の旗

家康が戦場で掲げていた旗を復元した展示があります。書かれているのは「厭離穢土(おんりえど) 欣求浄土(ごんぐじょうど)」の文字。

「厭離穢土 欣求浄土」と書かれた旗

静岡市歴史博物館・鈴木将典さん:
現世は汚れている。そこを離れて浄土、来世を求めるという浄土宗の教えを書いた旗です

「厭離穢土 欣求浄土」は、家康が生涯大切にした言葉でした。

家康のよろい「紅糸威腹巻」

数えで14歳になった家康に、今川義元が贈ったよろい「紅糸威腹巻(くれないいとおどしはらまき)」の復元も展示されています。

「紅糸威腹巻」(復元)

本物は静岡浅間神社が所蔵していて、展示品は完成まで4年をかけ、当時と同じ手法を使い復元しました。

関ヶ原の戦いのよろい「伊予札黒糸威胴丸具足」

家康が59歳のとき、関ヶ原の戦いで身に付けたよろい「伊予札黒糸威胴丸具足(いよざねくろいとおどしどうまるぐそく)」の復元もありました。

よろいの重さは20kg。

「伊予札黒糸威胴丸具足」(復元)

実物は久能山東照宮にあります。鈴木さんによると、作られた当初は、この復元されたよろいのように黒光りした姿だったのではないかとのことです。

山梨で発見! 駿府城の貴重な絵図

いよいよニュースでも話題となっていた新発見、駿府城の絵図を見に行きましょう。

駿府城の絵図

伝酒井家旧蔵 駿府御城内絵図」は、山梨で発見された約75cm四方の駿府城の絵図です。

中央が本丸。本丸を囲うように二の丸、三の丸となっています。

絵図自体は、江戸時代の中頃(1673年~1681年)に描かれたと記されています。

駿府城絵図

しかし、絵図の情報をいろいろ見ていくと、家康の時代や、そのあとの頼宣(家康10男)、忠長(秀忠3男)が城主だった時代の情報なども入っており、複数の時代の情報が重ねて書かれていることが分かりました。

新発見その1 天守閣を囲む櫓が存在

この駿府城絵図の中に、新発見がありました。

駿府城絵図

静岡市歴史博物館・鈴木将典さん:
本丸の中に天守台があります。その天守台に4つの櫓があり、櫓同士が渡り廊下で結ばれていました。その中に天守閣があったということが、この絵図で初めて分かりました

これまでの絵図にも天守台は描かれていましたが、ここまでの詳細が明らかになったのは初めて。

駿府城絵図

新発見その2 水道が引かれていた

さらに、城の西側から水道が本丸まで引かれていました。

水道は二の丸で分岐して、北にある「御花畑樹木屋敷」までつながっていたことも明らかになりました。

駿府城絵図
水色で塗った線が水道

この新たに見つかった駿府城の絵図は、家康がいた当時の駿府城の様子を知ることができる貴重な史料なのです。

3階 家康も眺めた富士山の絶景

続いて3階の展望ラウンジへ。駿府城のお堀や櫓が眼前に広がり、素晴らしい眺めです。

右手には、富士山も見えました。

静岡市歴史博物館の3階からの眺め

静岡市歴史博物館・鈴木将典さん:
ちょうど家康が暮らしていた駿府城の本丸御殿から富士山がきれいに見えたのではないかと思います

徳川家康が愛し、晩年を過ごした駿府城。展示を通して当時の様子を思い描くことができました。新たに発見された絵図も、そのイメージをさらに具体的に膨らませてくれそうです。

■施設名 静岡市歴史博物館
■住所 静岡市葵区追手町4ー16
■営業時間 9:00~18:00※展示室の最終入場17:30
■定休 月※祝日の場合は翌平日
■問合せ 054-204-1005

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