目次
万引き事件を起こしてしまった真面目な学生。親から相談を受けた僧侶の川村妙慶さんは、動機を探り、「自我の自立」が必要だと説きます。それは、自分の醜い部分も含めた「本当の自分」を認めることでした。

テレビ静岡で4月6日に放送された「テレビ寺子屋」では、僧侶でアナウンサーの川村妙慶さんが、仏教における善人と悪人の考え方について教えてくれました。
自分の悪には鈍感な人間
僧侶・アナウンサー・川村妙慶さん:
人間というものは、相手の悪いところ、間違っているところについ目がいってしまいます。
「人の悪き事はよく見ゆるなり わが身の悪き事は覚えざるものなり」
これは蓮如上人の言葉です。人の悪いところはよく見えるけれど、自分の悪いところにはなかなか気づかないということなんですね。

ある学生の万引き事件
勉強もでき真面目な学生が、万引きをして警察に捕まりました。
親が駆けつけて、「何不自由なく育てたし、お小遣いもあげた。旅行にも付き合ったのに、なんでこんなことするんだ。親に恥をかかせるのか?」と怒りました。
子供は何も言わず、黙って下を向いています。私は親御さんから頼まれて、その子と面会し話を聞くと、「いままで親の機嫌を取っていました。旅行の時には楽しそうにして、それで親は満足でした」と言ったんです。身につまされました。

つまり、普段の行動には問題がないように見えても、彼の「動機」には問題があったのです。
「本当はこれをやりたい」「親に嫌だって反発もしたい」けれど、親からは「真面目に生きなさい、良い子でいたら周りから評価を得るから、得をするから」ということを押し付けられて、ずっと彼は我慢をしていたのです。
醜い自分も認める「自我の自立」
皆さんにぜひお伝えしたいのは、どうか「自我の自立」をさせてあげてくださいということです。
「自我」というのは「自分が思っていること、自分はこうしたいという気持ち」です。それは良いこともあるかもしれないけれど、醜い部分もあるのです。

人に親切にしなさい。もちろん親切にしてこそ周りに喜んでもらえますが、そんな気になれないという人もいるでしょう。自分自身が満たされてないのに、人のお世話なんてできない時もありますよね。
良いイメージを求めるだけでは、人間は不満が募るということなんです。

つまり、「自我の自立」とは、本当の自分、善もあるけど、醜いところ、嫌なところもあると認めることから始まります。
そんな自分の嫌なところをしっかりと安心して話し合う関係、見せられる関係を、ぜひ作ってほしいと思います。
仏様から見た善人・悪人
善人というのは一般から見ると「良いことをする優しい人」。これももちろん大切なことですね。
しかし、仏様から見る善人というのは、「私は正しい。私だけが頑張っているの?」と自分の思いだけを正そうとする人のことを言います。

一般から見た悪人は「罪を犯してしまう人、マナーを守らない人」というイメージですが、仏様は「自分の悪いところを素直に認められる人。そして、相手に迷惑をかけたのであれば謝れる人。自分の醜いところを認められる人」のことを悪人と言います。

私だけが頑張っている。その気持ちもわかります。しかし、「あの人も頑張っているんだよね」と、相手の気持ちに寄り添う関係でいてください。
ただ、「善悪」で切り捨てるのではなくて、「誰もが善人と悪人の要素があるんだよな」という気持ちで、どうか生きていってください。

川村妙慶:福岡県生まれ。真宗大谷派僧侶。関西を中心にラジオ番組のパーソナリティーなどをつとめる。ホームページで日替わり法話を毎日更新し、メールでの悩み相談にも応じている。
※この記事は4月6日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。
【もっと見る! テレビ寺子屋の記事】