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静岡県熱海市を襲った土石流から2年余、被災地の立入禁止が解除され理容店が営業を再開した。ただ2年のブランクは大きく客は半減した。陽気な店主は「常連客からビシビシ金をとってやるさ」と冗談を飛ばして前を向く。心の支えは休業中も励ましてくれた常連客だ。
◆土石流が襲った川のそばの老舗理容店
2021年7月3日 熱海市伊豆山地区を土石流が襲い、災害関連死を含め28人が死亡した。建物も136棟が被災した。
土石流が流れ下った逢初川(あいぞめがわ)の起点に違法に施された盛り土が、被害を大きくしたと指摘されている。
遺族や被災者は、盛り土をした土地の旧・現所有者に加え、「違法な盛り土を規制できなかった」として静岡県と熱海市を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こしている。遺族や被災者の多くが「人災」と思っている。
土石流が流れ下った川にかかる逢初橋は、地元の人がよく待ち合わせに使う場所だ。
そのすぐそばにあるのが、創業100年を超える「理容タケザワ」だ。
理容師の妻とともに伊豆山地区で自宅兼理容店を構える竹澤敏文さん(76)。
土石流災害では、自宅側の1階部分に多くの泥が流れ込むなどの被害を受けた。
竹澤さんの自宅兼理容店がある場所は、崩落せずに残った盛り土が流れ下る恐れがあるとして「警戒区域」に指定され、立ち入り禁止となった。
竹澤さんは近くにある「警戒区域外」の親戚の住宅で避難生活を続けてきた。
残った土砂の撤去が完了し逢初川に新たな砂防ダムも完成したため、2023年9月1日 熱海市は2次災害の恐れがなくなったとして、警戒区域を解除した。
斉藤栄市長が「立入禁止」のロープをはずすセレモニーを行った。
◆常連客に励まされ営業再開
その日、竹澤さんの姿は理容店にあった。2年以上待ちわびた営業再開に向け、イスにたまったほこりをふいたり洗髪台を洗ったりして準備を進めていた。
竹澤さんは避難生活の間も、常連客に頼まれれば避難先の住宅で髪の手入れを無償で引き受けてきた。以前の場所での営業再開を望む常連客の声が、竹澤さんを後押しした。
竹澤敏文さんは、「2年前と同じように、お客さん相手に冗談を言いながらやりたい」と営業再開を心待ちしていた。
むき出しとなった柱や外壁の修理が終わり電気などのライフラインも復旧したので、竹澤さんは警戒区域が解除された翌日の9月2日に自宅へ戻ることができた。
竹澤敏文さん:
住めるようにはなったけど、まだ周りが片付かないと落ち着かない。まだ以前の生活には戻ってないね
店の営業は準備が整った9月12日に再開した。
幸いにも無事だった電動理容イスやハサミなどの商売道具。土石流が襲ったあの日から時が止まった店が、2年余り経ってまた動き出した。
竹澤さんは「最初のころは1年くらいで帰れるのかなと思っていたけど、なかなか解除にならなくて。営業再開はありがたい」と喜んだ。
◆2年のブランクで客は半減
しかし2年間のブランクは大きかった。
営業を再開して感じたのは、2年の間にこの店から離れた客がいるという現実だ。客は以前の半分に減った。
竹澤敏文さんは「やっぱり2年は大きい。その間に他の店が営業していれば、そちらが良いと思えばそちらに行く。これはもうしょうがない」と他店に移ってしまった顧客の心情に理解を示す。
ただ、元の生活や元の営業に戻るには「警戒区域の解除までの期間が長すぎた」と、熱海市の復旧をめぐる対応の遅さを指摘する。
竹澤敏文さん:
(客が)前と比べると半分近く減っている。それを戻すには今まで以上の努力がなきゃダメ。たぶん元には戻らないと思う。災害の後、ある程度 落ちついた時に(熱海市が)「はい どうぞ、(自宅に)帰っていいですよ」という状態に持っていけば、その時はみんな帰りたい気持ちがあったと思う。でも2年間 避難所で生活して慣れてしまう。こういう時はスピードが勝負だから
戻ることのない2年という時間。「復旧はスピードが勝負」という言葉に、行政への不信感がにじむ。
◆復旧が遅れ故郷を離れる人も
熱海市と静岡県は逢初川の拡幅や両岸の道路整備を進めているが、用地買収は3~4割ほどに留まっている(2023年8月末時点)。自宅のあった場所に戻れなくなるなど、整備計画に反対する被災者も多い。
この他、宅地復旧費用の補助など市の被災者支援策もなかなか決まらなかった。いったん発表した支援策を一部の被災者の意見を聞いて変更したため他の被災者の反発を買い、改めて個別に説明するなどして、関連議案の議会承認が当初の予定より4カ月遅れた。
竹澤さんのように警戒区域に家があり避難生活を続けていた人は100世帯180人(2023年8月末)だ。
そのうち警戒区域内の自宅に戻ることを希望しているのが41世帯、区域外に移ることを希望しているのが39世帯、未定が20世帯だ。復旧の遅れで将来の展望が描けず、自宅に戻ることをあきらめる人が増えているとの指摘もある。
以前に比べ客が半減した現実を突きつけられた竹澤さんだが、陽気さは失わず前を向く。住み慣れた場所に戻った今、元の暮らしを取り戻し、できる限り長く理容店の営業を続けていくつもりだ。
竹澤さんは「常連客には『これからビシビシ金をとってやるからな』と話している」と言って笑った。
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