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今回の調査対象は、静岡市葵区の浅間通り商店街にある難読地名「馬場町」。「ババマチ」でも「ババチョウ」でもないんです。文字通り馬に関係する場所なのですが、どんな場所だったのでしょうか。
【画像】記事中に掲載していない画像も! この記事のギャラリーページへ町名が書かれた看板
まずは地名に関する手がかりを探します。
この周辺は「浅間通り」とまとめて呼ぶことが多いので、静岡市民でも町名は知らない人も多いのではないでしょうか。
浅間通りに町名が書かれた看板があります。「馬場町」の文字と一緒に、馬が描かれた看板。
「ババマチ」「ババチョウ」と読みたくなりますが、違います。
「馬が店の前を歩いていた」
さっそく、商店街で聞き込み調査を開始。
歴史のあるお店と言えば、浅間通り商店街で1948年に創業! 静岡おでんの老舗「おがわ」で情報収集をすることに。
町名を聞く前に誘惑にあらがえず、黒はんぺんを食べちゃいました。
さて、肝心の質問です。「馬場町」はなんと読むのですか?
静岡おでん おがわ・小川光枝さん:
「ババンチョウ」と言うんです。なぜそう呼ぶのか理由はわかりませんが、ここは土地が固いので、馬のひづめが沈まないということで、昔は馬場が近くにありました。だから馬場町となったと先代から話をよく聞いています
先代もその先代から、店の前を馬がパカパカと通っていたと聞いたそうです。
浅間通り商店街周辺の地名は、ババンチョウと読むことが判明。これは意外な読み方ですが、歴史がありそうな予感です。
ババンチョウと読む理由はわかりませんでしたが、昔は馬がいたという貴重な情報もゲットしました。
家康の時代には「馬場之町」
続いて、情報を求めて向かったのは静岡市歴史博物館。静岡市の歴史や文化に関する史料を数多く収蔵している施設です。
静岡市歴史博物館・宮崎泰宏さん:
正直言うとなぜ「ン」が付くようになったかは定かではありませんが、ヒントは示せるかもしれません
博物館の宮崎泰宏さんが見せてくれたのは「静岡県史」。この静岡県に関する史料をまとめた本の中に、「ばばんちょう」についての情報がありました。
徳川家康公が駿府城を建てた頃、1587年の3月に出された浅間神社に関する書状には、「馬場之町」と書かれていました。
静岡市歴史博物館・宮崎泰宏さん:
「ババノマチ」と言っていたのが、もしかしたらなまって、「ババン」になったのかもしれません
宮崎さんによると「ババンチョウ」という変わった読み方は、「ばばのちょう」が時代と共に変化していったからではないか、とのこと。
さらに同じ表記の地名は日本各地に存在しますが、「ばばんちょう」と読むのは、静岡市と長野県飯田市の2カ所のみ。
方言や発音のなまりが影響していると考えられるんだとか。
しかし、なぜ町の名前に「馬」の文字が使われたのでしょうか。
静岡市歴史博物館・宮崎泰宏さん:
「馬場」というのはそもそもなんなのか。浅間神社で馬を使った流鏑馬(やぶさめ)などの行事をもともとやっていました。馬を育てて訓練する場所として一帯を馬場町と呼んだのではないかと思います
地名を深く知れば歴史が分かる! 馬場町という名前から、健やかな馬達が行き交う情景や、その馬たちを育てる人の営みが目に浮かんでくるようでした。
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