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恒例の「伊豆高原 五月祭」が始まりました。伊豆高原に点在する51会場を、旅するようにめぐるのがイベントの醍醐味です。どこから見ればいいのかわからない五月祭デビューのあなたに、五月祭ファンの筆者が楽しみ方を伝授します。
著名な芸術家のアトリエから個人宅まで
第6回目となる五月祭は、伊豆高原全体に点在するアトリエや個人宅など51カ所が会場となります。
伊豆高原に住む著名な芸術家のアトリエの一般公開というぜいたくな一面があるかと思えば、作品が5点あれば誰もが自宅の一部を会場にできる非常設会場もあります。
五月祭では、各会場を「わたくし美術館」と呼び、それぞれが思い思いの自由な芸術文化を発信しています。
事務局の山崎耕司さんに、五月祭の魅力を聞きました。
五月祭事務局・山崎耕司さん:
私たちが考える観光は、 その土地の自然や暮らし、文化の中に輝きを見つけることです。「もの言わぬ作品たちが、人と人とのふれ合いをつくってくれる」、そんな思いも大切にしていきたいと思っています
筆者の感想ですが、五月祭では観客と作品とが「対峙」するのではなく、むしろ観客も伊豆高原を舞台としたアートの祭典の「一員」になれる、不思議な一体感があるように思えます。
五月祭を楽しむ3つのポイント
それでは、筆者がおすすめする五月祭を満喫するためのポイントをご紹介します。
ポイント1 アーティストと語り合って世界観に没入
五月祭と一般的な美術館鑑賞との最大の違いは、「アーティストと気軽に語り合える」というところです。
会場がアーティストの自宅や工房なので、なおさら世界観に入り込みやすいかもしれません。全ての会場に常時作家がいるわけではありませんが、制作秘話が聞けたり、道具などの舞台裏を見せてもらえることも。
ファン同士の交流に発展したりと、アートを介した「出会い」が大きな魅力のひとつと言えます。
ポイント2 迷子も楽しみの一つと心得よ
個人宅の会場も数多くあるので、簡単には見つからず時には迷子になることもあります。それさえも五月祭ならではの体験と割り切って、回り道を楽しんでください。
むしろ、そこに予想外の出会いがあることも。ぜひとも時間には余裕をもっておでかけください。
ポイント3 次回のお楽しみを残しておく
51会場をすべてコンプリートすることは難しいでしょう。焦ってたくさん回ろうとせず、一期一会をじっくり楽しむのが吉です。
常連アーティストもいれば新規参入もあり、毎回新たな出会いや発見があるはずです。それこそが、何度も足を運びたくなる要因と言えるかもしれません。
施設スタッフからアーティストのこぼれ話が聞けるのも楽しみの一つです。
おすすめ会場リストアップ
どこから回ればいいか決められない方へ、会場No.順に筆者のオススメをご紹介します。
【No.6】重岡建治アトリエ (彫刻・絵画)
五月祭を代表するといっても過言ではない彫刻界の重鎮、重岡建治さんのアトリエが一般公開される貴重な機会です。
重岡さんがデザインしたJOCスポーツ大賞のトロフィーや、大きな作品制作の前に作る小型の試作品が、所狭しと並べられています。
重岡さんの作品は、大地のエネルギーによって足が生えて出てきたような独特の形状です。土台から足が伸びて体につながっていたり、人と人、腕や胴体がつながっていたりするのが特徴です。
デザインとしてそうしていると同時に、「触ってもいい芸術」というモットーを実現するため、強度を確保する工夫でもあるそうです。
重岡さんはとても気さく、そして丁寧に作品の案内をしてくれます。言葉には人間愛と自然への畏敬の念があふれており、聞いているこちらまで心穏やかにさせてくれます。
8月には88歳を迎えますが、今も次の個展にむけて創作意欲を燃やしているとのこと。何度訪れても飽きることのない、圧巻の芸術空間を体感できることでしょう。
【No.9】スタジオ・あうん (ステンドランプ・グラスジュエリー)
アートグラスアーティストの村上孝さん、加代子さん夫妻の制作工房です。ステンドランプや、ステンドパネル、グラスジュエリーが、ほの暗い会場に美しい光を放ちながら並びます。
アートグラスアーティスト・村上加代子さん:
これまでにないステンドランプを作りたいという思いがあります。洋室にも和室にも、いまどきのマンションにもしっくりくるような、完全オリジナルなデザインを追求しています
特に、箱根の寄せ木細工を薄くスライスし、特殊なガラスで挟み込んだという繊細なランプシェードは、日本人になじみやすいデザインです。
本体部分も陶器や石材にするなど他では見られない作品です。オリジナリティにあふれる作品が並ぶ光の空間を、ぜひ味わってみてください。
【No.19】アトリエ宇海 (工芸・ハンドメイド)
作品が5点以上あれば誰でも気軽に参加できるのが五月祭の面白いところ。まさに「わたくし美術館」といえる会場が「アトリエ宇海(うみ)」です。
沖縄、オーストラリア、ハワイと、ダイビングで見てきた世界中の海を、樹脂粘土を使って再現しているのは山邊厚子さんです。
細かいところは図鑑で調べるなど、細部にまでリアルにこだわっています。
横浜出身の山邊さんは、ここ富戸の海の美しさに魅せられて2001年に移住してきました。各地の美しい海の思い出話がとまりません。
「サンゴの模様は台所のしゃもじを使って表現しているんですよ」と、楽しい制作秘話を明かしてくれました。
一方で、水温の上昇による海の変化にも心を寄せているそうです。海好き、ダイビング好きの方なら話が尽きることはないでしょう。
【No.22】陶芸ギャラリーPLUS studio (陶芸・写真)
初参加となるのは、2023年にロンドンから伊豆高原に移住してきた陶芸家の山本将太郎さんと、写真家のジョン・ハワードさんの二人展です。
伊豆高原を拠点に、東京、ロンドンでも活躍する山本さんの器は、ハイセンスだけどシンプルなデザインで日常使い向き。展示品はその場で購入することもできます。
陶芸家・山本将太郎さん:
洋食と違って、和食は手に持って食事をすることが多いので、しっくり手になじむフォルムや重さにも気を使います
スープボウルの縁はスープの切れがよくなるよう「返し」をつけるなど、使う人の目線で、細部にもこだわっているそうです。
一方、ロンドンの大学で歴史学の教授として教壇にたっていたジョン・ハワードさんの作品のテーマは「FELLING & PINING」です。
FELLINGとは「木の伐採」のこと、そして、PININGは「思いを寄せること」という単語と、「松の木」のpineをかけた掛け言葉です。主にアメリカ南部の林業従事者の墓標(松の木の形を模したコンクリート製の墓石のようなもの)を被写体とした写真展です。
五月祭に新たに参加したニューフェイスのお二人、要チェックです。
【No.25】美術館ローズマダー「桑原宏作品館」 (板絵)
自らを“絵かき”と称する桑原宏さんの作品を常設展示している美術館ですが、五月祭の間だけは、【No.6】の彫刻家・重岡さんによる絵画(板絵)もあわせて展示しています。一度に両方を楽しめるぜいたくな会場です。
美術館の館長は桑原宏さんの娘・押見匡子さんです。
美術館ローズマダー・押見匡子さん:
重岡先生とは長く親交があり、そのご縁から彫刻、デッサンに続いて、3回目の展示なんです。今回は板絵129点と、小さなブロンズ彫刻3点を展示しています
重岡さんの彫刻の足が、大地から生え出ているような形であるのと同様に、絵もまた周囲の白い枠と体がつながっているのが特徴です。
板絵の板は、重岡さんが木彫りの彫刻を創作する際に出る端切れを活用しています。そのため会場は、クスやシイの木のよい香りでいっぱいです。
【No.31】アトリエIDENCHI (絵画)
アトリエIDENCHIは人物だけでなく、干支の動物や海の生き物などのキャラクターデザインをオイルパステルで描く井手龍彦さんのアトリエです。
思わずクスっと笑いがこみ上げるような、ストーリー性を感じる画風が多くのファンを魅了しています。
海の中の世界をモチーフにした作品や、イヌと医者の日常生活をコミカル描いたものなど、添えられたタイトルが絶妙に作品の魅力を引き立てます。本当にこんな世界があったらいいなと、物語のような絵の世界に引き込まれてしまいます。
キャラクターデザイナー・井手龍彦さん:
毎年、干支のイラストの年賀状を送るんですが、みなさん楽しみに待ってくださってますよ
2024年の辰のデザインもウィットに富んでいて楽しい作品です。ぜひ会場でご覧ください。
【No.46】りんがふらんか城ヶ崎文化資料館(絵画ほか)
城ヶ崎文化資料館では、五月祭の期間内に3つの展示が順次開催されます。第1弾は菊池新さんの絵画展「NEW FACES and assorted other grafitti」(5月6日まで)でした。
本業は下田市在住の医師であり、絵画の制作も手掛ける菊池新さんの作風は、型にはまらず色使いも自由そのもの。レコードジャケットや雑誌からインスピレーションを受けて描くそうです。
前年に続いて「顔」がテーマの展示ですが、すべて新作なので「NEW FACES」というわけです。
アーティスト・菊池新さん:
僕の画には失敗ってないんです。線がゆがんでも、それは味ということでどんどん描く。学校では正解ばかり教えるから、教わった通りにできないと自己肯定感が下がってしまう。アートの世界はすべて肯定がいい!
りんがふらんか城ヶ崎文化資料館では、郷土にまつわる文化資料の常設展示室も無料で観覧できます。
また、館内にはカフェも併設されているので、アートめぐりの合間にひと休みも可能です。
JAZZ映画とミニライブは既に満席
フランス生まれの音楽、ジプシージャズがテーマのドキュメンタリー映画「最後の音楽」の上映会と、ミニライ「山本佳史トリオ」が、5月15日の1日限定で開催されますが、予約は既に満席です。
会場は【No.46】の、りんがふらんか城ヶ崎文化資料館。毎年、趣向を凝らした企画が開催されますので、次回以降も目が離せません。
伊豆高原 五月祭は、観客一人一人が好みにあわせて、自分のペースで楽しむアートの祭典です。
ご紹介した会場は、全体の中のごく一部。ぜひ、お気に入りの「わたくし美術館」を見つけてください。
■イベント名 伊豆高原 五月祭
■会場 静岡県伊東市内51ヵ所
■開期 4月29日~5月31日
※開催日程は会場により異なります。公式ウェブサイトでご確認ください。
取材/髙良綾乃
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