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戦車の博物館めざし展示品が着々と 旧日本軍九五式の里帰りに続き改造ブルドーザーも入手

国産戦車などの防衛装備品を「後世に残す価値のある機械産業遺産」ととらえ、展示する博物館の創設をめざす人たちがいる。旧日本軍の“幻の戦車”をイギリスから買い戻したのに続き、戦後 ブルドーザーに改造され開拓や建設現場で活躍した車両も入手し、着々と準備が進む。

◆「令和の時代まで残っているとは」

御殿場市に到着した改造ブルドーザー(2023年9月)

2023年9月、富士山の麓の街 静岡県御殿場市に、大型トレーラーに積載された改造ブルドーザーが到着した。北海道からフェリーと陸路で運ばれてきた。

改造ブルドーザーの組み立て

御殿場市で日本の戦車などを展示する博物館の創設をめざしているNPO法人「防衛技術博物館を創る会」が、北海道の所有者から譲り受けた。
「創る会」代表理事で、自動車整備工場を営む小林雅彦さんが、分解されて運ばれてきたブルドーザーをエンジニアたちと組み立て試運転をした。

改造ブルドーザーを試運転する小林さん

小林さんによるとエンジンを昭和30年代に、油圧システムを昭和40年代に入れ替えてあるそうで、その性能については「すごくゆっくり動いて、踏ん張りがきいて力がある。戦車からブルドーザーとして使うために改造したのだろう。細かい方向修正ができるようになっていて、動かしていておもしろい」と評価する。

改造ブルドーザーを操縦する小林さん

防衛技術博物館を創る会・小林雅彦 代表理事:
おそらくこれが最後の生き残りの1台、これ以外はもうおそらく全部鉄くずになって無くなっている。まさか令和の時代まで残っているとは思わなかったので、本当にびっくり。奇跡的だ

◆GHQが認めた“更生ブルドーザー”

里帰りした九五式戦車(2023年4月・御殿場市)

もともとは日本陸軍が1935年に採用した小型の戦車「九五式軽戦車」だ。日本の戦車としては最も多い2300台以上が生産された。

小林さんによると、戦車を製造していたメーカーが戦後 GHQにお願いして、使わなくなった戦車をブルドーザーに改造したそうだ。当時、“更生ブルドーザー”と呼ばれた。戦闘に使ってきたものを、生活再建に使うようになったため、その姿が「心を入れ替えた」ように見えたのだろうか。

戦車を改造したブルドーザー

戦車・装甲車・牽引車など数百台が改造され、ビルや道路の建設現場やダム工事、田畑の開墾などに使われた。しかし、高度経済成長に向かう昭和30年代からは国産のブルドーザーやアメリカの中古品が出回り、さらに鉄くずの値段が高騰したため、ほとんどが鉄くずとして処分されたという。

改造ブルドーザーの運転席

小林さんは10数年前に改造ブルドーザーのことを調べ探していたが、このほどようやく、北海道の所有者から譲り受けることができた。つい最近まで除雪や整地で活躍していたものだ。

◆イギリスから“幻の戦車”が里帰り

九五式戦車を操縦する小林さん

小林さんは御殿場市で自動車修理業を営む家に生まれ、機械に囲まれて育った。御殿場市には陸上自衛隊の東富士演習場や駐屯地があり、子供の頃から戦車に憧れた。国産の戦車などの防衛装備品は後世に残すべき価値がある「機械産業遺産」と考えている。

2011年に機械産業の継承や発展、それに国民の防衛意識の向上につなげようとNPO法人「防衛技術博物館を創る会」を立ち上げた。国産戦車の展示をめざしている。

九五式戦車(2023年4月・御殿場市)

2022年にはイギリスに渡っていた九五式軽戦車を買い戻し、19年ぶりの里帰りを実現させた。約80年前に製造されたエンジンで走り、世界に2台しか残っていなかった“幻の戦車”のうちの1台だ。

小林さん「(戦車を)生きている機械として見て」

小林さんは「“生きている機械”として皆さんに見てもらうことが、私たちの活動の趣旨。当時の日本の高い技術レベルを感じてほしい」と話す。

日本に運ぶ準備(2022年)

民間団体が戦車を輸入するには法律など様々な壁がある。小林さんたちは重要な機械産業遺産であることの証明、戦車砲に発射機能がないことの証明、展示先の博物館の設立計画など、様々な書面の準備し3年かけて政府の許可を得た。

輸送費用のクラウドファンディング

さらに買い取りや輸送には多額に費用がかかり、小林さんたちNPO有志の寄付の他、クラウドファンディングで協力を求め、2022年12月 “幻の戦車”は日本に戻ってきた。

里帰り戦車のお披露目会(2023年4月)

2023年4月に御殿場市で開かれた「お披露目会」には、クラウドファンディングに協力した約600人が集まり、里帰りを熱狂的に祝福した。

里帰り戦車のお披露目会

「創る会」によると、日本はヨーロッパの第一次世界大戦の戦訓に学び1925年から試製戦車の設計を始めたそうだ。博物館には国産戦車の約100年の歴史を物語るものなどを展示する計画だ。
今も走行可能な九五式戦車は展示品の目玉で、小林さんは改造ブルドーザーについても「戦後の製造の空白期間を埋める“つなぎ”の役割を果たしてくれる」と期待する。

◆戦車ゆかりの地に2027年オープンめざし

戦車を改造したブルドーザー

改造ブルドーザーには復員してきた戦車操縦経験のある人たちが乗り、ビルや道路やダムの工事現場、開拓地などで働いていたのだろう。今も使われている生活のインフラを作ってくれたのかもしれない。

小林さんは「戦車は守ってもらう側からみればスーパーマンだが、攻められる側から見ると悪魔だ」という。戦車が大砲をとってブルドーザーになってから日本中で活躍したことを知って、思いをはせてもらいたいことがあるという。

防衛技術博物館を創る会・小林雅彦 代表理事

防衛技術博物館を創る会・小林雅彦 代表理事:
機械には意思もないし心もない、ただ使った人の思いがあるだけ。改造ブルドーザーには戦後の日本を作ってくれた人たちの思いがつまっている。これを見て自分なら子供たちの未来のために何ができるか考えてもらえれば

九五式軽戦車と改造ブルドーザー

小林さんたちは有識者などの意見も聞いて塗装をし直し、展示する計画だ。

博物館は御殿場市の施設として設立してもらえるよう「防衛技術博物館を創る会」が市に働きかけている。
現在 戦車・軍用乗用車・トラックなど10数台を集めた。防衛省にも車両の提供を働きかけている。

「創る会」によると、1925年に試製品の設計を始めた国産戦車は1927年に完成した。その車両は御殿場市の旧国鉄駅から現在の陸上自衛隊板妻駐屯地までの約8kmを自走し、その後 現在の東富士演習場で試験をして輸入戦車に劣らない結果を出し、国産戦車採用に道筋をつけたという。

その国産戦車ゆかりの地に、博物館は2027年のオープンをめざしている。

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