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広い静岡県。その東西南北の端っこはどんな場所でしょうか。今回は一番「南」の地を訪ねました。そこは伊豆半島のさらに南にある無人島。島の周囲にシュモクザメが数百匹集結し、それを追ってダイバーも集結するホットスポットでした。
地図で確認 一番「南」は神子元島
訪れるのは伊豆半島の下田港から南に約11km、住所は静岡県下田市神子元島(みこもとじま)。国土地理院によると北緯34°34′25″、東経138°56′36″です。
この場所になにがあるかと言うと、岩山が海から突き出たような無人島「神子元島(みこもとじま)」でした。
陸続きでは南伊豆町の石廊崎が北緯34°36′、御前崎市にある御前埼灯台南がさらに南の34°35′ですが、神子元島はもっと南にあります。
土地の所有者は、おおよそ灯台のある北側が国、南側が下田市です。
一番「南」へのアクセスルート
神子元島へは船で上陸することができます。渡船業者は2社あり、今回は下田港にある伊豆下田フィッシングの「みこもと丸」に乗ることにしました。費用は8500円です。
9月、まだ暗い下田港を午前5時に出港します。
一緒に乗っていたのは、埼玉と長野から釣りに来ていた男性2人です。
神子元島に上陸するには島の周囲の複雑な海流を読みつつ、岩場に接岸する技術が必要です。台風が襲来した9月上旬、上陸は2度延期され、3回目の予約日に船長からとうとう出港できると連絡が来ました。
港を出て約30分、空が明るくなって来た頃に神子元島とその灯台が見えてきます。
灯台周辺の高さは約32m、切り立った崖に囲まれています。上陸できそうな場所は見えませんが、みこもと丸は小さな入り江に入っていきました。
そこには小さな船着き場があり、そのまま船体の鼻先を岸壁にぶつけるように接岸。
エンジンをかけたまま船を船長が安定させている間に、急いで降りるよう促され、神子元島に上陸。
この日は幸い海が穏やかで、とてもスムーズでした。
なお、神子元島は観光地として整備された場所ではありません。周囲は断崖絶壁で落下防止の柵などはありません。8月には釣り人が転落して死亡する事故も起きています。
島に渡るにはライフジャケットの着用を船長から指示されたほか、岩場で滑らないように釣り用のスパイクシューズを着用しました。
加えて渡船が迎えに来るのは9時間後です。島には木陰も休憩できる施設もありません。食べ物や水、携帯トイレを持参してのぞみました。
灯台の歴史がすごかった
小さな島なので2時間ほどあれば、島内をほとんど散策できます。静岡県のいちばん南はどんな場所なのでしょうか。
船着き場からまずは灯台へ、見上げると階段があります。ゆっくり登っても20分かからず灯台に到着。
入口には「1871 明治三年庚午十一月十一日初點」と書かれた銘板がありました。
点灯開始は今からなんと152年前ですが、風雨にさらされ一世紀半以上経過しているとは思えない外観です。
神子元島灯台は、石造りとしては日本最古の洋式灯台です。1969年に国の文化財(史跡)に指定されました。
周辺の海域は幕末に訪れたペリー艦隊が「ロックアイランド」と恐れた岩礁地帯。明治政府が欧米4カ国(イギリス、フランス、オランダ、アメリカ)と結んだ改税条約で、設置が決まりました。
大久保利通や木戸孝允など政府要人やイギリス公使が神子元島まで来て、点灯式に立ち会ったことからも灯台の重要性がよくわかります。
灯台のすぐ隣に「立ち入り禁止」の看板が建てられた古い建物がありました。
灯台を管理する下田海上保安部に聞いてみると、以前は人が住んでいた官舎でした。
下田海上保安部 交通課:
灯台の管理のため、1976年までは2名体制で10日間の交代制勤務でした。当時の生活は過酷だったようです。灯台の各装置が自動制御に切り替わったことにより、1976年7月1日から無人となりました。今では見回り管理に変更しています
屋根にはソーラーパネルが設置され、灯台のための電源となっています。
漂着した男女の悲話
灯台のすぐ横には石碑がありましたが、風化してしまって文字は全く読み取れません。
下田市生涯学習課によると、これは「おすみ与吉の比翼塚」です。
下田市のサイト「伝説・神子元島と比翼塚」を要約します。
「若い船人・与吉が新妻のおすみと嵐に遭い、命からがら神子元島に漂着する。海藻を採り貝を拾って飢を凌いでいたが、日数がたつにつれてそれも心許なくなる。波は荒れ狂っている。救いを求めるべき舟も見えず、食べるものはなくなる。与吉は意を決し『少しの間辛抱して待つように』とおすみに言いきかせ荒れる海に下田港目指し飛びこんだ。ところが2日たっても3日たっても与吉は遂に島には帰らず、おすみは傷心の身を底知れぬ海に投じて夫の後を追った」
島の南にはまた別の供養塔もありました。ここが海の難所で危険な海域であることを改めて感じます。
ダイバー満載の船が続々と到着
そんな人を寄せ付けない島で、驚くほどの賑わいを目撃することになりました。
午前8時過ぎ、早朝の船で到着した釣り人達の姿が岩場にあります。
一緒の船に乗った町田維孝さんが、釣果を見せてくれました。アオブダイにイシガキダイにイラ。
しかしイシダイ狙いの町田さんは、全てリリースして手ぶらで戻りました。「小さいから、かわいそう」とのこと。
町田さんが神子元島に通い出した20数年前は5kgほどのイシダイや、1.2mのクエも釣れていましたが、最近はむずかしくなりました。
伊豆下田フィッシングの山口昌一船長は、近頃は夏は水温が高すぎて魚が海面近くに来ないと嘆きます。代わりに派手な色の南方系の魚をよく見かけるようになったそうです。
船長も釣り人も「海の中がおかしい」と口をそろえます。そして“異常事態”がもう一つ。
神子元島の南側、「カメ根」と呼ばれる岩礁の近くにボートが続々と到着しました。ダイバーを満載しています。
ダイビングショップの神子元ハンマーズ・有松真代表に聞くと、お目当てはシュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)でした。
神子元ハンマーズ・有松真代表:
ハンマーヘッドシャークが数百匹集結するようになったのは、ここ5~10年前からです。正直どうして集まるのかわかりません。夏休み中は連日満員で、東南アジアからの外国人ダイバーが多い状況です。
周辺のダイビングショップ4社が全て満員だったとすると、1日200人。世界中からダイバーが訪れるそうです。
海中の魚よりダイバーの方が多いのではないかと苦笑いの釣り人もいました。
シュモクザメの集団を見られるスポットは世界でも数カ所しかなく、神子元では比較的水深が浅い20~15m付近にいるため、写真が撮りやすいと特に人気です。
ただし、潮の流れが速いので経験や体力がないダイバーが潜れる場所ではありません。
4社は共通のルールを作って、ライセンスを持っていても30回以上潜った経験がないと受け入れていないそうです。
そしてもう1つ、神子元島が生き物の楽園である事実を発見しました。
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