テレビ寺子屋で講演を行う登山家の野口健さん
健やか

「シェルパの命を背負う自覚はあるのか」野口健さんがヒマラヤに挑戦する娘に伝えたこと【テレビ寺子屋】

登山家・野口健さんと娘・絵子さんは9歳の冬山登山から始まる、大切な山の「パートナー」です。しかし無理をしてヒマラヤへ向かう娘に「シェルパの命を背負う覚悟はあるのか」と諭したことも。子供の挑戦をどう支えるか、その難しさを語りました。

左)テレビ静岡・北村花絵アナウンサー 右)登山家・野口健さん

テレビ静岡で2026年5月17日に放送されたテレビ寺子屋では、登山家の野口健さんが、娘・絵子さんとともに挑んだヒマラヤ登山について語りました。

氷点下17度の冬山で伝えた言葉

登山家・野口健さん:
娘の絵子(えこ)が9歳の時、冬の八ヶ岳に連れて行きました。その日は吹雪いていて、気温は氷点下17度。山頂まで行くのは無理だと判断し、樹林帯を抜けた山小屋で「今日はここまで」と言うと、娘はびっくりして「どうして? 」と聞きます。

テレビ寺子屋で講演を行う登山家の野口健さん

「『無理』には、していい無理と、してはいけない無理がある。何かを成し遂げる為には最大限無理をしなきゃいけない時もあるけれど、してはいけない無理をすると山では命に関わる。だから下りるんだ」と僕は伝えました。

初めての冬山登山は過酷なものでしたが、娘は「また山に登りたい」と言うので、一緒にいろいろな山に登り、トレーニングを続けました。

イメージ画像・冬山登山

「お父さん」ではなく「戦友」になった日

そして彼女が15歳の時、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに挑戦。山頂までわずかというところで急な吹雪になりましたが、なんとか登頂しました。下山してホッとしていると、娘が「悪天候の中で5800mに登れたんだから、もっとトレーニングしたら6000m行けるよね? 」と言います。

イメージ画像 吹雪

そこから数年、さらなるトレーニングを積み、絵子が18歳の時にヒマラヤのアイランドピークという6100mを超える山に登頂しました。

無事に下山すると、娘が僕のことを「お父さんではなくて、『戦友』になった」と言うのです。「山に登るとき、お父さんは私を守るけど、私もお父さんのことを守ってる。お互い命を支え合っているから、戦友だと感じる」と続けました。

確かに、山に登っているときは1本のロープで繋がっている運命共同体です。それを「戦友」という表現をするのも頷けます。

イメージ画像:ザイル

登頂後に気付いた「してはいけない無理」

2025年5月には6476mのメラピーク登頂に成功。さらに同じ年、「9月にロブチェピーク(6119m)に行きたい」と娘は言いましたが、「雨季で雪崩が起きやすい時期だからやめた方がいい」と私は伝えました。

すると、「だったら一人で行く」と言います。「一緒に行くシェルパの命を背負う自覚はあるのか」。私がそう言うと娘は黙っていましたが、意志は変わりません。私は覚悟を決めて一緒に行くことにしました。

実際に登ると、視界がなく腰まで雪に埋まる、雪崩の起きやすい危険な状況でしたが、経験豊かなシェルパの支えもあり、通常の5倍もの時間をかけなんとか登頂しました。

イメージ画像 危険

そこで娘は「自分のわがままでみんなを巻き込んで危険にさらしている。経験が増えたことで自分の思いを優先して、状況が見えなくなっていた。登頂できたけれど成功ではない。本当に申し訳ない」と言って私とシェルパに謝りました。僕は彼女の言葉に内心ホッとしました。

親として、子供に多くの経験をさせてあげたい。ただ、していい無理と、してはいけない無理がある。そのギリギリの状況をどう経験させるか、というのは私の1つのテーマです。絵子は私のことを「戦友」と言いましたが、私にとって絵子は「山での唯一のパートナー」です。これからも一緒に登り続けていきたいと思っています。

テレビ寺子屋で講演を行う登山家の野口健さん

野口健:1973年アメリカ生まれ。1999年エベレスト登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。近年は、ヒマラヤや富士山の清掃活動に加え、被災地支援などの社会貢献活動を行っている。

※この記事は2026年5月17日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。

【もっと見る! テレビ寺子屋の記事】

フジテレビ系列で放送中の番組。「子育てってなんだろう」。その答えは1つではありません。テレビ寺子屋では子育てや家庭のあり方について様々なテーマを元に毎回第一線で活躍する講師を招いてお話を聞きます。