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戦国大名の“先駆け”今川氏親に迫る企画展「没後五〇〇年 戦国大名 今川氏親」【静岡市歴史博物館】

静岡市歴史博物館で6月7日まで開催されている今川氏親(うじちか)の企画展「没後五〇〇年 戦国大名 今川氏親」に行ってきました。戦国大名の“先駆け”と呼ばれた氏親、必見ポイントを紹介します。

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今川家発展の礎「氏親」を特集する企画展

静岡市歴史博物館はJR静岡駅から徒歩約15分、駿府城公園のお堀沿いにあります。

かつてこの地には、今川氏親の拠点であった「今川館」がありました。まさに今川氏ゆかりの地で、今川家を大きく繁栄させる土台を築いた氏親という武将に本格的に光を当てる、企画展が開催されています。

静岡市歴史博物館の外観
静岡市歴史博物館 (静岡市葵区追手町)

今回の企画展は、氏親の生涯を5つの章に分けて紹介しています。会場には、県内外から集められたゆかりの資料52点が並び、それらの展示資料から当時の人間関係や情景が見えてきます。

企画展の展示室

なぜ今川義元の父「氏親」を取り上げるのか

今川家は駿府を本拠地とした大名家で、駿河の国を治めていました。

氏親は今川家9代目当主で、今川義元(よしもと)の父です。義元は、徳川家康を育てたことで知られ、軍事・政治・経済のすべてにおいて力のある武将として知られています。

増善寺所蔵
氏親の木像(増善寺所蔵)

その義元の強さは、父である氏親が築いた土台があったからこそ。企画展では、氏親がどのような今川家を築こうとしていたのか、歴史資料から描き出しています。

静岡市歴史博物館 学芸員・三宅真人さん:
静岡が本拠地であった今川家ならではの展示になっています。あまり知られていない今川家の実像に光をあてたいと思い、没後500年の節目でもあるので企画展の開催にいたりました

学芸員 三宅真人さん

家督争いで激動の幼少期

氏親が生まれた頃、世は「応仁の乱」のただ中にありました。その後の争いの中で、氏親の父・義忠が戦死します。

嫡男として生まれた氏親ですが、当時はまだ4歳。幼名は「龍王丸」でした。家督争いが起こり、母親の北川殿と各地を点々とする日々を余儀なくされていました。その一つが、焼津市にある「小川城」です。

企画展では、小川城跡から出土した資料が並んでいます。

小川城跡から出土した品々

静岡市歴史博物館 学芸員・鈴木将典さん:
出土品からは木製の生活用品が多く確認されており、小川城周辺に人々が集まっていたことが伺えます。箸やお椀など、木製品がきれいに残っており、当時、どのような暮らしが小川城辺りではあったのか見ることができます

10年続いた家督争いで氏親の力となったのが、母親の兄弟であり将軍・足利義尚に仕えていた伊勢宗瑞(北条早雲)でした。宗瑞の助けを得て、ついに家督争いに勝利し、氏親は当主として駿府の「今川館」に戻ってきました。

学芸員 鈴木将典さん

20年かけて奪還した遠江

当主となり、駿河の大名として歩み出した氏親。今川氏の歴史の中で快挙を成し遂げました。遠江の奪還です。

遠江はかつて今川の領地でしたが、父・義忠が戦死した因縁の地であり、氏親が当主になった時は強敵の斯波氏が治めていました。

静岡市歴史博物館・鈴木さん:
斯波氏は将軍に次いで強いと言われ、氏親の遠江奪還は、20年もの歳月がかかりましたが、一つ一つ城を落とし、着実に陣地を取っていきました

展示室

かなりの長期戦と言える遠江奪還。今回の展示では、その戦況を伝えるやりとりの書状が展示されています。

父の代からの因縁に決着をつけるべく、20年かけてでも取り返すという氏親の粘り強さが、資料を通じて伝わってきます。

戦国大名の“先駆け”と評される理由

遠江奪還を果たした氏親。その後、さらなる手腕を発揮します。

氏親は領国内を治めるための厳格な法律である分国法「今川仮名目録」を制定しました。

静岡市歴史博物館・鈴木さん:
なんでも力で解決させるのを避けて領国を守りたいと思い定めたものです。「喧嘩両成敗」についてや、領民が守るべきルールなど書かれています

氏親が制定した「今川仮名目録」

力による支配が当たり前だった時代に、法による秩序を重んじ、争いを未然に防ごうとした先見性から、氏親は戦国大名の“先駆け”と後世に称えられます。

会場では氏親が制定した「今川仮名目録」を見ることができます。

文化人としての顔

武士として、政治家としてだけでなく、氏親の多才さを物語るもう一つの顔が「歌」にあります。

氏親がその才能を開花させた背景には、当時最高峰の文化人であり、外交にも深く関わっていた連歌師・宗長(そうちょう)の存在がありました。

宗長の肖像画

氏親は、宗長の庵であり今も静岡市にある柴屋寺(さいおくじ)へ頻繁に通っていたと伝えられています。

静岡市歴史博物館・鈴木さん:
この時代、武将たちは戦勝祈願として連歌を詠んでいました。今回の展示では、柴屋寺所蔵の氏親の木像や、宗長の「賦玉何連歌」なども展示しています

柴屋寺の庭園の絵

他にも今川館で使用されていたとされる白磁の大皿、天目茶碗、香炉といった洗練された高級品の数々も並んでいます。

これらの展示品は、逆境から這い上がり有力な戦国大名へと昇り詰めた、氏親の人生を物語っています。

今川館の跡から出土した陶器など

氏親は、54歳で病のためその生涯を閉じました。亡くなる直前まで「今川仮名目録」の制定に力を注いでいたのは、次を継ぐ者たちのために、平和な領国を遺したいという願いがあったからかもしれません。

葬儀には7000人もの僧、そして1000人の一族や家臣が参列したと伝えられています。

2026年6月2日には没後500年の節目として、亡骸を納めた増善寺(静岡市葵区)で法要が行われます。

観覧後はhugcoffeeで一服

入場無料の1階には、ミュージアムショップとカフェ「hugcoffee(ハグ コーヒー)」があります。
観覧後の一服にいかがでしょうか。

筆者は和三盆抹茶シェイクとカヌレを注文しました。駿府城の巽櫓を目の前に、景色を眺めながら休憩できます。

観覧後はhugcoffeeで休憩

派手な武勇伝が彩る戦国時代。しかし氏親は一時の勢いではなく、決して崩れない国の基盤づくりを重視しました。法を整え、文化を育み、着実に築かれた土台があったからこそ、義元や家康の時代が花開いたのです。

氏親がどのような思いで当主を務め、この国の未来を描いたのか。ぜひ、資料の一つ一つから感じてみてください。

■イベント名 企画展「没後五〇〇年 戦国大名 今川氏親」
■住所 静岡市葵区追手町4-16
■開館時間 9:00~18:00
■休館 月※国民の祝日・休日の場合は開館、翌平日休館
■観覧料 企画展のみ 一般400円
          高校生・大学生・市内在住70歳以上280円
          市外小中学生100円
    ※基本展示観覧料は別途必要
■問合せ:054-204-1005

【詳しく見る】静岡市歴史博物館のホームページ

取材/大倉麻衣子

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静岡生まれ静岡育ち。 神社仏閣伝承研究家。伝承にまつわる記事や地元で見つけたおいしいお店の紹介を書いています。 好物は和歌と本とコーヒー。著書にノンフィクション/エッセイ「CHASE」、「前を向いて」。 好きな歌は 君ならで誰にか見せむ梅の花 色をも香をもしる人ぞしる  
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