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教育に携わってきた男性が大浴場で偶然声をかけたのは、勘当同然で家を飛び出した青年でした。「親に電話だけでも」とすすめると黙って背中を流してくれた青年。3年後、連絡をくれた青年の変化に、思わず男性は涙しました。
テレビ静岡で2月12日に放送された「テレビ寺子屋」では、教育活動に携わってきた伊勢青少年研修センター所長・武田数宏さんが偶然出会った青年たちとのエピソードを話しました。
和裁を教える母「私はしつけ糸」
武田数宏さん:
私たちは両親や祖父母から受け継いだ命の「縦糸」と、人との出会いで結ばれる「横糸」で人生を織り成しています。「針は糸を導いて着物を縫う されど着物を縫うは針にあらず 糸なり」。
針と同じように裁縫で大切な役割を果たすのが『しつけ糸』です。縫い合わせる布がずれないように仮止めをするときに使います。
私の母は和裁を教えていました。昭和30年頃、近所の娘さんたちが習いに来ていました。この時、母は「縫い物はもちろんだけど、人として基本的なことを教えているのよ」と話していました。
「しつけ(躾)」という字は、身を美しくと書きます。挨拶や立ち振る舞い、料理や掃除の仕方を教えながら母は「私はしつけ糸よ」と笑っていました。
鼻ピアスの青年との出会い
様々な出会いの中で、私にとって印象深い一日があります。それは三重県伊賀市に行った時のことです。ローカル線の列車に乗るとモヒカン刈りの男性が座って眠っていました。
耳と鼻と口元にピアス、そしてサングラスをかけた姿は、パンクバンドのステージからそのまま降りて来たかのようです。
近寄り難い印象でしたが、車内を見渡しても彼の隣の席しか空いていません。眠っている彼を起こさないようにそっと荷物を棚に上げようとした時、列車が動き出し私はバランスを崩して彼の足を踏んでしまいました。
すぐに謝ると彼は「大丈夫です」と答えてくれました。気まずさもあって隣に座って話しかけると、彼は私の息子と同じ25歳。音楽の話で盛り上がりました。聞くと、この先に実家があり両親を驚かせようとステージ衣装のまま来たそうです。見た目とは違いとても気さくな好青年でした。
「電話で両親に声を」 勘当同然で家を出た青年
その後、ホテルに着いて大浴場に行きました。一人だけ先客がいます。なんとなく話しかけたところ、大阪から来た若い男性で、岸和田で「だんじり」を曳いていると教えてくれました。年齢は25歳、これまた息子と一緒ということで話が弾みました。
九州出身の彼は、高校を卒業した時に勘当同然で家を飛び出し、それきりだということです。私は「電話で声を聞かせてあげるだけでもご両親は喜ぶと思うよ」と彼に言いました。彼は黙ったまま私の背中を流してくれました。翌朝、ロビーに彼の姿がありました。名前と連絡先を書いたメモを受け取り、私も名刺を渡しました。
それから1年以上たったある日、携帯電話に覚えのない番号から着信がありました。「だんじり」の彼です。彼はあの後、実家に戻ったそうです。そして結婚が決まったと報告の電話をくれました。
3年後あの青年が父親に
さらに3年後、奥さんと子供を連れて伊勢に来てくれました。立派な父親になっていました。「あの時のひと言があったから今の僕があります」そう言ってくれた彼の言葉に涙があふれて仕方ありませんでした。
偶然出会った息子と同じ年の二人の青年。私の息子もきっとどこかで誰かに育ててもらっているはずです。「花それぞれ 人それぞれ それぞれに咲く」。人はそれぞれに出会いがあり、人とのかかわりの中でそれぞれの役割があるのだと思います。
武田数宏:伊勢青少年研修センター所長。1958年福島県生まれ。大学卒業後、社会教育団体の修養団へ。2007年から伊勢青少年研修センター所長を務める。企業や学校の講演会では、命・家族・生き方など、当たり前の中にある大切な本質を伝えている。
※この記事はテレビ静岡で2023年2月12日に放送された「テレビ寺子屋」をもとに作成しています。