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静岡・三島市の佐野美術館で現在開かれている展覧会では「火車切(かしゃぎり)」や「蜻蛉切(とんぼぎり)」など、伝説にまつわる名刀が見られます。
【画像】記事中に掲載していない画像も! この記事のギャラリーページへ日本屈指の名刀を所蔵する佐野美術館
三島市にある佐野美術館は、県内屈指の刀剣所蔵数を誇る美術館です。名刀を所蔵する他、全国各地の名刀を展示する企画展も多く開催しています。

11月16日から12月21日まで開催されている展覧会「ちょっと深く楽しむ、古美術ー坦庵さんの刀剣から白隠さんの書画までー」でも刀剣が展示されています。
開催中の展覧会は「ちょっと深く」がポイント
開催中の企画展「ちょっと深く楽しむ、古美術」では刀剣、絵画など、さまざまな資料が展示されています。
今回の展覧会では、“坦庵さん”の名で親しまれた伊豆の偉人である江川英龍の刀剣や、佐野美術館で展示のリクエストが多い刀剣などが展示されているそうです。
愛好家に人気の刀剣から、なかなか展示されることがないけれど歴史の裏側を知ることができる刀剣など約20点が展示されています。

今回のポイントは“ちょっと深く”。少し深掘りした情報がパネルで説明されているので、今まで知らなかった情報が載っているかもしれません。
刀剣の解説にも“ちょっと深いポイント”が書かれています。
刀剣初心者もご安心を。刀剣について詳しくなくても安心の「見方シート」を館内で配布しています。パネルの説明の補足になるので、これを持って会場を回ってみましょう!
担当学芸員に聞いた必見の5振
展示されている刀剣について、学芸員の志田理子さんに魅力を聞きました。

坦庵が自ら作った短刀
まず最初に展示されているのが、「坦庵(たんなん)さん」の愛称で呼ばれた江川英龍の刀剣や絵画です。
坦庵は江戸末期の韮山代官で、世界遺産である韮山反射炉の建造に着手した人物です。
国防のために大砲を鋳造しようと反射炉を建てました。代官でありながら、マルチな才能を発揮していたと言われています。

坦庵はなぜ刀剣を作ったのでしょうか。そのきっかけは、いにしえより続く日本刀の鍛錬から製鉄への知見を得たと思われます。
佐野美術館・志田さん:
坦庵さんは部下に頼む前に何でも自分でやってみようとする人でした。なにをするにしても一流の師をつけて学んで習得し、当時の名刀工・大慶直胤(たいけいなおたね)に弟子入りしました
展示されている短刀は、坦庵が初めて作ったものである可能性が高いのだそうです。
大慶直胤の刀
直胤は、江戸時代に活躍した名工・水心子正秀に学び、鎌倉や室町の刀剣の再興に挑んだと言われています。
各地の伝統製法に挑戦し、試行錯誤した作風からは、特徴的な刃文が見られます。

波打つような刃文は、直胤が作刀する上で息を吹き込んだようにも見えます。
火車切(かしゃぎり)
刀には銘と言われる名前がありますが、号と言われるいわば愛称が付いている刀もあります。
上杉家所用であった脇指は、南北朝時代の名工・相州広光の作です。号のいわれは不明ですが、上杉家とのゆかりが深い越後国雲洞庵には、興味深い妖怪「火車」の伝説が伝わります。

火車は大ネコのような妖怪で、死者の遺骸を奪いに来るとされています。葬列が進む際に現れた火車を上杉謙信の禅の師であった北高和尚が斬り落としたという伝説があり、越後の雲洞庵には、斬った際に返り血を浴びたとされる袈裟があります。
佐野美術館・志田さん:
火車切には、不動明王の力にあやかるための梵字が刻まれ、刃文や地鉄は広光の特徴がよくあらわれています。幕末まで上杉家が所蔵していた脇指です
蜻蛉切(とんぼぎり)
「蜻蛉切」も伝説から付けられた愛称を持つやりで、天下三名槍の一つです。
徳川四天王の1人、本多忠勝が愛用していたやりで、やりの先に止まったトンボが真っ二つになったといわれていることから、その号が付いています。

蜻蛉切は戦で使われたとは思えないほどきれいで優美な姿をしています。
上杉謙信の拵(こしらえ)
室町時代に作られた貴重な謙信の拵(日本刀の外装)も展示されています。

謙信が腰に付けていたと伝わる「秋草文黒漆太刀拵」。
その名の通り黒い漆で塗られ、一見真っ黒に見えますが、近づくと先の方には装飾としてはめ込まれた銀色の三日月が付いています。金具には草花が細い線で描かれています。

佐野美術館・志田さん:
室町時代に作られた拵はあまり残っていないのでとても珍しく、時代の特徴、謙信のこだわりも見られ貴重です
目立たないところに飾りをつけ、目立たないように軍を進める。謙信がどんな人物だったかうかがえる拵ではないでしょうか。
また謙信のライバルであった武田信玄の脇指も展示されています。

彫の名手である信国の作で、巻き付くような龍の彫刻が特徴的です。
火車を切った上杉謙信の禅の師・北高和尚は、信玄の禅の師でもありました。同じ師を持った者同士だからこそ、謙信が信玄に「敵に塩を送る」という逸話も生まれたのでしょうか。
幕末の人を語る刀
幕末に勝海舟が渡米した際に、大工頭として同行した伊豆出身の船大工・鈴木長吉の家に船の絵図と共に伝わった脇指と拵が、歴史的な観点から展示されています。

佐野美術館・志田さん:
伊豆にゆかりの坦庵さんや長吉の刀は、今回の展覧会だからこそ見られる刀です
刀や大砲の研究に私費を投じ、死ぬ寸前まで未来を考えた坦庵。政治家でも武士でもない外交を支えた大工、そんな物語が見られる展覧会です。
常設展示室もお忘れなく
常設展示室では、平安時代の重要文化財「大日如来坐像」と重要美術品「蔵王権現立像」、「天部像」が鑑賞できます。

常設展示室のテーマ展示コーナーでは、2025年12月21日まで、幕末から明治中期に活躍した浮世絵師・月岡芳年の「月百姿(つきひゃくし)」が鑑賞できます。
芳年の浮世絵は色鮮やかで、題材も妖怪や伝説などユニークです。一度見たらとりこになる人も多い作品です。

ショップで購入できる原寸大の刀剣クッション
一階のミュージアムショップでは刀のポストカードや、過去の展覧会の図録、透かし鐔(つば)のキーホルダーなど、刀剣ファンにはうれしいグッズが多く並んでいます。

今回展示している火車切と蜻蛉切の原寸大のクッションもあります。
かつて枕元に刀を置いて寝た武将たちのように、枕元に置いて使ってみてはいかがでしょうか。

透かし鐔のキーホルダーは、ツルがモチーフになった「鶴丸」や、ウメにとまったウグイスを描いた「鶯宿梅」など、実際の鐔をモデルにした粋なデザインです。
他にも多くのグッズが並んでいるので鑑賞の後は、お土産選びを楽しんでくださいね。

今回は展示していない名刀もたくさんあるそうなので、また別の展示の際に行ってみたいと思います。刀剣に詳しくなくても、その物語や所有者の歴史を知ると、刀がまるで魂のある存在だと思えてきます。
握る部分である茎(なかご)から、刃の先にあたる鋒(きっさき)まで、ぜひじっくり鑑賞してみてください。
■施設名 佐野美術館
■住所 静岡県三島市中田町1-43
■開館時間 10:00~17:00※入館受付16:30まで
■休館 木※祝日の場合開館・展示替え期間・年末年始
■問合せ 055-975-7278
取材/大倉麻衣子
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