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浜松市の自宅で祖父母と長兄をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われている元警察官の男の裁判員裁判が12月4日に結審した。検察側は家族から虐待を受けた凄惨な生い立ちに同情しつつ無期懲役を求刑した一方、弁護側は無罪を主張している。
大きな争点は2つ
起訴されているのは静岡県警の元警察官の男で、2022年3月、浜松市中央区佐鳴台の自宅で祖父(当時79)・祖母(当時76)・長兄(当時26)の3人をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われている。
今回の裁判の争点は大きく分けて2つ。
そもそも被告が犯人であるかどうか、そして仮に被告が犯人だった場合に刑事責任能力があるかどうかという点で、被告が当時、本人の人格とは異なる複数の人格が現れる解離性同一性症を患っていたことについては検察側・弁護側ともに争いはないものの、今回の犯行に影響したのかという部分に関しては双方の認識が異なっている。
凄惨な生い立ちを経て…
裁判を通して明らかになったのは被告の凄惨な生い立ちだ。
被告は中学生の頃まで、長兄から尿をかけられたり、飲まされたりしていたほか、性暴力も受けていた。
さらに父親からは暴力を振るわれていただけでなく、目の前で母親に暴行を加える姿を何度も見せられ、祖父母からは「金をあげるから母親に暴力を振るってほしい」と依頼されていたという。
こうした家庭環境が影響したのか、被告は警察学校に入校後、PTSDや解離性同一性症に悩まされるようになった。
事件当日の記憶については途切れ途切れで、捜査段階では“ボウイ”なる別人格による犯行と主張。
裁判では被告が“ボウイ”の状態で取り調べを受ける機会があったことも明かされ、この時は「人殺しは悪いことだと思っているが、3人のような悪魔を殺すことは例外だ」と口にし、事件当日の出来事について克明に話していたそうだ。
検察は被告の過去に同情するも…
被告の犯行当時の精神状態をめぐっては、鑑定を担当した医師の見解も真っ二つに割れているが、検察は12月4日の公判で、「本人の思考に基づくものではない」と述べた医師について、「怨恨や絶望などの強い感情にとらわれ、それらの記憶や思考に基づいて犯行を行った」と話す医師と比べて「経験や経歴に圧倒的な差があり、能力が明らかに劣って言わざるを得ず、信用性はかなり低い」と切り捨てた上で、「非科学的でSF的・オカルト的見解」と一刀両断。
そして、「“ボウイ”の状態であったとしても、自分の行為がしてもよいことか悪いことかを判断したり、その判断に従って行動をコントロールすることができていたことは明らかであり、これらをする能力が著しく低下していたなどとは到底言えない」と指摘した。
その上で量刑を検討する上での犯情として「3人が死亡するという被害結果は極めて重大であること」「凶器を準備するなど計画的で強固な殺意に基づく執拗かつ残虐な犯行であること」「証拠隠滅に及ぶなど犯行後の行動も悪質であること」などを列挙。
また、犯行動機については「幼少期から青年期に受けた虐待の経験から来る恨みや怒り、絶望に基づくもの」とし、この点については「解離性同一性症や複雑性心的外傷後ストレス症を罹患するほど深刻なもので同情の余地があり、一定程度は被告に有利に汲むべき事情」との考えを示した一方、「いかに不遇な環境や体験があったとしても殺人が正当化される余地などない。結局、犯罪に及ぶことを考えたり選択するか否かは本人の思考や性格傾向が大きく影響している」と断罪し、最終的には無期懲役を求刑した。
これに対し、弁護側は仮に被告が犯人であっても「別人格によるもので、行動を制御できない状態だった」と無罪を主張している。
判決は年明け1月15日に言い渡される予定だ。