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国内最古のデニム製品は静岡産 1931年商標登録 90年後の復刻

復刻されたオーバーオール

幅広い着こなしができるファッションアイテムであるデニムウェア。実は、国内最古のデニム製品の生みの親は、現在の静岡県清水町に本社を構える縫製メーカーだった。創業者の思いとともに歩みつづけた歴史と思い描く未来とは。

丁寧に縫製された縫い目「ステッチ」に、歴史を感じさせるブランドの証明などに使われる「パッチ」。イベントに出店すれば、手に取る人が後を絶たない。

実はこのデニム製品は、国内最古の歴史を持つ“Made in Shizuoka”の製品だった。

このデニム製品を作ったメーカーの現在の社長は「デニムのオーバーオールが出来上がるまでの苦労に共感してくれて、そういう歴史、ストーリーがこの一着に背景としてあるんだということの思いを一緒にまとってもらいたいなという思いがある」と語った。

創業から2026年で103年。国内最古のデニムづくりの歴史を持つのが、静岡県清水町に本社を置く山本被服。

企業向けのユニフォームや作業着を製造・販売するメーカーだ。

実はこれまでデニム製品は1960年代に岡山県倉敷市で作られたのが始まりとされていた。

ただ、商標を調べてみるとデータベースから、昭和6年12月24日に商標登録されていたという事実を突き止めた。

商標の出願に関する書類に記されていたのは、昭和6年の文字。

デニム発祥とされていた時期から、およそ30年も前に静岡県内でデニムの製造を手がけていたことが判明した。

日本初ということがわかり、山本陵社長は「誇らしい気持ちと創業した人たちの苦労がわかって報われる」と感じたという。

会社内にはその歴史が受け継がれていた。

山本被服の歴史はさかのぼること今からおよそ100年前。

創業者の山本彦太郎さんが出稼ぎのため、アメリカの西海岸に渡ったことが始まりだった。

彦太郎さんは、山本社長のひいひいおじいさん、高祖父にあたる。高祖父は炭鉱夫として働いていて、高祖母は洗濯婦として働いていて、デニムのオーバーオールをワークウェアとして着ていて、洗っているなかで事業のヒントを得たのではと考えている。

当時 炭鉱で作業着として用いられていたオーバーオールに商機を見出した彦太郎さんは、1923年ロサンゼルスに作業服の製造所「スターオーバーオールカンパニー」を設立した。

日本初のデニム作業服のメーカー「山本被服製造所」

1920年代の広告

3年後には日本に帰国し、静岡県沼津市に日本初のデニム作業服のメーカー「山本被服製造所」を立ち上げたという。

こちらは1920年代後半の広告だ。デニムのカバーオールと現代のジーンズの原型もある「ウエストオーバーオール」で決めたモデルの姿が。

山本社長によると、デニムのオーバーオールを酪農家や農家向けに、かなり広範囲にわたって東北、北海道へ営業活動をしていたという。

しかし、1960年代には時代の求める作業服のニーズに合わず、オーバーオールの製造は中止されたものの、2021年、創業100周年を前に復刻された。

発案したのが、山本被服の社員、富所勢さん。「地元にこんな産業があったんだ」と共感した富所さんは、「いつか復刻したい」と考えていた。

実は当時のオーバーオールは残っていない。

しかし、資料を基に「作業服屋が作ったデニムはこれだ」と言える質の高いものを目指した。

山本被服のデザイナーの石井智弘さんは、富所さんが資料をもって「これを再現してほしい」と言ってきて少し戸惑ったものの、100年前のものを復刻するというのはワクワクしたと当時を振り返った。

そして、およそ1世紀の時を超えて蘇ったオーバーオール。デニムは生地が厚く縫いにくさもある。

100年間引き継ぎ、培われてきた熟練の技術が復刻を支えた。

現在、山本被服はオーバーオールやカバーオールなど、およそ20種類を製造・販売している。

オーバーオールはほぼすべて手作業で1日多くても5着しか作ることができない。

2023年には、サッカークラブ・アスルクラロ沼津の選手たちの公式移動着にも採用された。

6年前には完全予約制のスーツサロンをオープンさせ、技術力と歴史を基に新たな挑戦を続けている。

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