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静岡市清水区の折戸(おりど)湾を航空写真で見ると、規則的に並ぶ無数の点がありました。この物体は一体何なのか、調査すると折戸湾の意外な歴史が判明しました。
【画像】記事中に掲載していない画像も! この記事のギャラリーページへ折戸湾に突き出た無数の謎物体

折戸湾があるのは静岡市の清水港。三保半島に囲まれた湾でマリンレジャーが盛んなエリアです。
海に近づいていくと、突如として視界に飛び込んできたのは不思議な光景。

水面一帯に、規則正しくコンクリート製の物体が突き出ています。
テレビ静岡・室伏真璃アナウンサー:
あんなに大きかったんですね。形はアイスの「ピノ」のような感じ
航空写真で確認したときには小さな点に見えていましたが、実物は想像以上の大きさでした。
物体の側面には輪っかが付いています。

室伏アナは、この輪に何かをつなぐ設備だと推測。船をつなぐのか、それとも養殖に使うものなのか。見れば見るほど謎は深まるばかりです。
湾沿いに探索してみると看板が立っており、この周辺がプレジャーボートの係留場になっていることが分かりました。

しかし、この謎の物体に関する情報は一切記されていません。船の係留設備ではないのでしょうか。
住民の証言「木を浮かべてあった」
三保半島側の「折戸潮彩公園」に移動しました。

公園内の小高い丘の上に行ってみると、そこから折戸湾が広々と見渡せます。
改めて見てみると船と大きさと比べても、謎物体がかなり大きいことがわかります。物体の上では鳥がゆっくり羽を休めているのも見えます。

さらに謎物体が並ぶ範囲の広さも実感できます。
湾の奥から出口方向に向けて、ほぼ黒い物体が埋め尽くしていました。

公園にいた地元の人たちに、謎物体について知らないか聞いてみました。すると、謎物体が活躍していた頃を見たことがある人たちが見つかりました。
地元の女性たち:
材木の何かです。材木置き場になっていました。貯木場です

なんと、木を縄で縛って海の上に浮かべてあったのを見たことがある、とのこと。
その貯木場は、平成の初期ぐらいまではあったという証言を得られました。
折戸湾は元貯木場と判明
住民の証言を裏付けるため、折戸湾にある船の係留施設「富士山羽衣マリーナ」を訪ねました。

富士山羽衣マリーナ・鈴木伸幸支配人:
昔この折戸湾では輸入された原木をつないでいました。その係留のための杭です
輸入された原木は破砕してパルプの原料や製紙原料となりました。その原材料が、ここで保管されていたといいます。
つまり謎物体は、水面貯木場で水に浮かべた原木を固定するための専用杭「貯木杭(ちょぼくぐい)」だったのです。
こう使われていた! 貴重な貯木場時代の写真

富士山羽衣マリーナの鈴木支配人から、もっと詳しい情報があると聞いて静岡県清水港管理局を訪問。
港営課の渡邉康弘さんに当時の貴重な写真を見せてもらいました。

写真には、折戸湾の水面に原木がいかだのように浮かんでいる様子が写っています。
原木に白いネットのようなものがかけられ、貯木杭の輪っかにロープでつながれています。
この施設は1927年に静岡県営水面貯木場として開設されました。

静岡県清水港管理局 港営課:渡邉康弘さん:
木材の移動が水面に浮かべることで容易になります。小さな船で引っ張れば移動できるので、取り扱いが容易です
大正末期に海外からの輸入が増加した原木。その受け皿として誕生したのが折戸湾水面貯木場でした。
関東大震災の復興や、戦後の高度経済成長を支え、ピークとなる1973年度には年間288万tもの原木を取り扱ったといいます。

しかし2005年、その長い役割を終え貯木杭だけが残ったのです。
県清水港管理局・渡邉さん:
日本の経済を支えたものの一部と申し上げてよろしいかと思います
多大な撤去費 貯木杭約400本の今後は
大量にある貯木杭。プレジャーボートの航路の整備などで一部は提供されていますが、それでもやはり400本弱はまだあるそうです。

既に役目を終えてから約20年がたちますが、貯木杭を1本撤去するのに数百万円ほどかかるため、そう簡単には撤去できないそうです。
県清水港管理局・渡邉さん:
折戸湾は県民共通の財産なので、これを将来的に有効活用するために、貯木杭の再利用も検討しているところです

航空写真で見つけた謎の物体は、日本の経済を支えた歴史の一部でした。今後はどんな形で再利用されるのか。みなさんなら、どんなアイデアで利用しますか。
■スポット名 折戸潮彩公園
■住所 静岡市清水区折戸4丁目3
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