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浜松市の自宅で祖父母と長兄をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われた元警察官の男の裁判員裁判で、静岡地裁浜松支部の来司直美 裁判長は1月15日、懲役30年の実刑判決を言い渡した。
凄惨な生い立ち そして…
判決を受けたのは静岡県警の元警察官の男(25)で、2022年3月、浜松市中央区佐鳴台にある自宅で祖父(当時79)・祖母(当時76)・長兄(当時26)の3人をハンマーで多数回殴るなどして殺害した罪に問われていた。
裁判の争点は大きく分けて2つ。そもそも被告が犯人であるかどうかという点と仮に犯人だった場合に刑事責任能力があるかどうかという点だ。
裁判を通じて明らかになったのは被告の凄惨な生い立ちで、中学生の頃まで長兄から尿をかけられたり飲まされたりしていたほか性暴力を受け、父親からは暴力を振るわれていただけでなく、目の前で母親に暴行を加える姿を何度も見せられ、祖父母からは「金をあげるから母親に暴力を振るってほしい」と依頼されていたことがわかっている。
検察は被告に同情しつつも…
犯行当時、被告が本来の人格とは異なる複数の人格が現れる解離性同一症を患っていたことについては検察側・弁護側ともに争いはなかったものの、検察側は被告に同情しつつ、“別人格”の状態における犯行だとしても「自分の行為がしてもよいことか悪いことかを判断し、その判断に従って行動をコントロールすることができていたことは明らかであり、これらをする能力が著しく低下していたなどとは到底言えない」と指摘した上で、「いかに不遇な環境や体験があったとしても殺人が正当化される余地などない。結局、犯罪に及ぶことを考えたり選択したりするか否かは本人の思考や性格傾向が大きく影響している」と無期懲役を求刑した。
弁護側は一貫して無罪を主張
これに対し、弁護側は事件の目撃者がいないことに加え、「“別人格”としての自白は信用性に欠ける」など反論し、「慎重に考える必要がある」と第三者が犯人である可能性を示唆。さらに、仮に被告が犯人であっても「別人格によるもので、行動を制御できない状態だった」と無罪を主張した。
裁判長は完全責任能力を認めるも…
こうした中、1月15日に行われた判決公判で来司直美 裁判長は冒頭、被告に対して懲役30年の実刑判決を言い渡した。
判決理由の中で、来司裁判長は「犯行態様等からすれば、被害者らに対して強い怨恨や憤怒の情を抱いた犯人による犯行とみるのが自然で、被害者らの家族以外の第三者が3人を殺害した犯人である可能性は低い。被告が犯人であることを示す直接証拠がないことを踏まえても、被告が本件各犯行をした犯人であることは間違いない」と断定。
そして、「犯行当日も3回の解離に関わらず客観的に見れば全体として一貫した行動が取れており連続性が保たれていること」「残虐な態様であるとはいえ異常とまでは認められないこと」「被告は日頃やさしい性格と評価されていたものの怒りの感情や攻撃的な性向も併せ持っていたこと」を理由に、犯行時の被告について「解離性同一症により解離した状態にあったことにより強い憤怒の感情にとらわれ、殺害を思いとどまろうとする感情との間に葛藤が生じにくくなり、後先を考えて行動を制御する能力が低下していたとは認められるものの著しいものではなかった」として「完全責任能力があったと認められる。弁護人の心神喪失または心神耗弱の主張は理由がない」と結論付けた。
他方で「子供時代に被害者らと父親から性的虐待も含む身体的・心理的虐待を受け、母親による助けも受けられなかったことが原因で複雑性心的外傷後ストレス症と解離性同一症を発症し、心身の不調に苦しみ、恨みや絶望、怒りの感情から犯行に及んだものであって、被害者らの被告に対する虐待行為や不遇な家庭環境が動機の形成に影響していた」との見解を示し、解離性同一症で解離した状態にあったことにより責任能力が相当程度減退していたと認められることから「結果の重大性、犯行態様の残虐さの反面、動機に同情できる点があり、責任非難の程度が相応に軽減される。無期懲役刑に処すべき事案とまでは言い難い」とも述べている。
その上で、被告が比較的若年であり前科前歴がないことから「出所後に環境を整え、病気と向き合い適切な治療を受ければ更生する余地があることなどの事情も考慮した」と結んだ。