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祖父母と長兄をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われている元警察官の裁判員裁判で、静岡地裁浜松支部は男に懲役30年の実刑判決を言い渡した。他方、男は壮絶な家庭環境から解離性同一症を患っていて、会見に応じた裁判員も判断の難しさを口にしている。
壮絶な生い立ちの末に…
懲役30年の実刑判決を受けたのは静岡県警の元警察官の男(25)で、2022年3月、浜松市中央区佐鳴台にある自宅で祖父(当時79)・祖母(当時76)・長兄(当時26)の3人をハンマーで多数回殴るなどして殺害した罪に問われていた。
裁判を通じて明らかになったのは被告の凄惨な生い立ちで、中学生の頃まで長兄から尿をかけられたり飲まされたりしていたほか性暴力を受け、父親からは暴力を振るわれていただけでなく、目の前で母親に暴行を加える姿を何度も見せられ、祖父母からは「金をあげるから母親に暴力を振るってほしい」と依頼されていたことがわかっている。
今回の裁判の争点は大きく分けて2つ。
そもそも被告が犯人であるかどうかという点と仮に犯人だった場合に刑事責任能力があるかどうかという点だ。
犯行当時、被告が本来の人格とは異なる複数の人格が現れる解離性同一症を患っていたことについては検察側・弁護側ともに争いはなかったものの、検察側は被告に同情しつつ、“別人格”の状態における犯行だとしても「自分の行為がしてもよいことか悪いことかを判断し、その判断に従って行動をコントロールすることができていたことは明らかであり、これらをする能力が著しく低下していたなどとは到底言えない」と指摘した上で、「いかに不遇な環境や体験があったとしても殺人が正当化される余地などない。結局、犯罪に及ぶことを考えたり選択したりするか否かは本人の思考や性格傾向が大きく影響している」として無期懲役を求刑した。
これに対し、弁護側は事件の目撃者がいないことに加え、「“別人格”としての自白は信用性に欠ける」など反論し、「慎重に考える必要がある」と第三者が犯人である可能性を示唆。さらに、仮に被告が犯人であっても「別人格によるもので、行動を制御できない状態だった」と無罪を主張した。
裁判長も動機面に“同情”
こうした中、来司直美 裁判長は「被告が本件各犯行をした犯人であることは間違いない」と断定した上で、「解離性同一症により解離した状態にあったことにより強い憤怒の感情にとらわれ、殺害を思いとどまろうとする感情との間に葛藤が生じにくくなり、後先を考えて行動を制御する能力が低下していたとは認められるものの著しいものではなかった」として「完全責任能力があった」と認定。
他方で「被害者らの被告に対する虐待行為や不遇な家庭環境が動機の形成に影響していて同情できる点があり、解離性同一症で解離した状態にあったことにより責任能力が相当程度減退していたと認められる」と判決理由を述べている。
医師の見解も割れる中で裁判員も苦悩
閉廷後、会見に応じた裁判員5人が一様に口にしたのが今回の裁判の難しさだ。
ある裁判員(40代)は「多重人格というのが映画や小説の中の世界の話だと思っていた。実際に解離性同一症の人と関わったことがなかったので、被告を目の前にして恐怖というか、どう判断したらいいかという難しさがあった」と胸中を吐露。
別の女性裁判員(10代)も「“別人格”という存在を被告とは区別する1人の人間として見るのか、すべての人格をまとめて1人として見るのかが悩みどころで難しかった」と話している。
また、被告の刑事責任能力の有無についての判断に関しても、男性裁判員(40代)は「普段、ニュースで“心神耗弱”や“心神喪失”という字を目にして被害者側の立場で憤ることが多かったが、裁判官から『行動制御能力がこういうもの』と教えてもらい、2人の医師が違うことを言う中で、どれだけどちらの医師の意見に沿うか意識した」と述べ、前出の裁判員(40代)も「結局、1人の人間がやったこととして考えるのか、別だと思って考えるのか、そこがなかなか判断できず、医学的な観点も踏まえていろいろ考えて判断したが、考えても難しかった」と苦悩を明かした。