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浜松市の自宅で祖父母と長兄をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われている元警察官の男の裁判員裁判が10月末から続いている。いかなる理由があっても人を殺めることは正当化できないが、裁判で明らかになったのは異常ともいえる家庭環境や生い立ちだ。
初公判で起訴内容を否認した元警察官
起訴されているのは静岡県警の元警察官の男で、2022年3月、浜松市中央区佐鳴台の自宅で祖父(当時79)・祖母(当時76)・長兄(当時26)の3人をハンマーで殴るなどして殺害した罪に問われている。
10月31日の初公判で被告は緑色のジャンパーと黒い細身のパンツ姿で入廷した。髪の毛は肩にかかるほど長く、頬はこけているものの、鼻筋が通った端正な顔立ちだ。
検察官による起訴状の読み上げが終わった後、来司直美 裁判長が起訴内容に間違いがないか問われると、か細くもはっきりとした声で答えた。
「違います。自分が人を殺した自覚がないですし記憶もないです」
冒頭陳述で、検察側は被告が中学生の頃、祖父母から「金をあげるから母親に暴力を振るってほしい」「長兄も金をあげたら母親に暴力を振るってくれた」などと言われ、積年の恨みや怒りから犯行に及んだと糾弾。
また、事前に凶器を用意していたほか、別の場所に住んでいた長兄をウソの理由で呼び出すなど計画性が見られ、祖父母の手首を結束バンドで縛った上にハンマーで殴り、さらにベルトを使って首を絞めていて残虐性が強いと指摘した。
これに対し、弁護側は犯行を目撃した人がおらず別の真犯人が存在する可能性に加え、被告自身がコントロールできない”ボウイ”なる別人格による犯行、つまり心神喪失または心神耗弱の状態だった可能性もあるとして無罪もしくは減刑を訴えた。
争点は犯人性と責任能力の有無
裁判の争点は大きく分けて2つ。
そもそも被告が犯人であるかどうか、そして仮に被告が犯人だった場合に刑事責任能力があるかどうかという点だ。
被告が当時、本人の人格とは異なる複数の人格が現れる解離性同一性症を患っていたことについては検察側・弁護側ともに争いはないものの、今回の犯行に影響したのかという部分に関しては双方の認識が異なっている。
明らかになった凄惨の生い立ち
被告人質問では、被告の凄惨な生い立ちが明らかにされた。
まず、長兄からは中学生の頃まで腹を殴られたり、太ももを膝で蹴られたりしたほか、時には廊下に立たされ長兄が投げた野球ボールを体で受け止めさせられることもあり、常に怯えていたという。
加えて、同時期には長兄と被告、それに被告と双子の次兄の3人で風呂に入り、1日の“反省会”が開かれていたそうだ。ここでは長兄から合格をもらえないと尿をかけられたり、飲まされたりすることもあり、夜には被告だけが長兄の部屋に呼ばれ性暴力も受けていた。
さらに父には小学1年生の時から中学を卒業する頃まで暴力を振るわれていただけでなく、目の前で母に暴行を加える姿を何度も見せられ、心を蝕まれた。
一方、小遣いをくれたり、博物館に連れて行ってくれたりと幼少期の被告をかわいがってくれたのが祖父母だ。
しかし、祖父母は金銭トラブルなどが原因で両親と折り合いが悪く、祖母からは「『金を渡す代わりに母親に暴力を振るってほしい』と長兄に頼んでいる」と聞かされていたと振り返った。
このように被告は異常ともいえる家庭環境の中で育ったが、外では明るく元気に振る舞うことで周囲から虐待を疑われないように努め、高校まで進学。
そして、卒業後は静岡県警に警察官として採用された。