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がんの診断を受け、悲観と楽観の間で揺れながらも「私は私」と生きてきた落合恵子さん。がんに人生を支配されるのではなく、「がん“と”生ききる」と思えた時、心がホッとしたといいます。自分の命に関わる選択を自分で決めることの大切さを語ります。
テレビ静岡で10月25日に放送されたテレビ寺子屋では、作家でクレヨンハウス主宰の落合恵子さんが、「がんと生ききる」と題して、自身のがん治療の体験と、そこで得た思いについて語りました。
髪が抜けても“あなたはあなた”
2023年、私はがんの診断を受けました。がんであると分かった時から、私は悲観と楽観の間で揺れながらも、「私は私」と、自分に言い聞かせて生きてきました。
そして2025年に治療を終えるまでの記録を1冊の本にまとめました。
本を開くと私の写真が2枚並んでいます。ひとつは、がんの治療で髪が全部抜けて、ちょっと生え始めた入院中の写真。もうひとつはそれから2年が経ち、髪が伸びた姿です。

なぜ写真を並べたかというと、髪が抜けたことに苦しんでいる人に「大丈夫」と伝えたかったからです。髪がなくなったからと言って、あなたがあなたでなくなるはずない。気持ちはとても分かるけれど、そこで立ち止まらず、「まずは今日を台無しにしないで生きていこうよ」と伝えたいのです。
がんに支配されず“ともに生ききる”
私が初めてがんだと言われた時、どう感じたか。
例えるなら、「1年先に本を出しましょう」という約束をしていたのに「事情が変わったので 2カ月後に出してください」と言われた感じ。まだ先がある、まだ考えられる、まだ選択できる、そう思っていたところに、突然「答えを出してください」と言われる。締め切りは変えられないから、その中で生きていくしかない。
その時、私を支えてくれたのは「がんであることは私の一部であって、私が私であることに変わりはない」という思いです。自分の人生をがんに支配されて生ききるのではなくて、「がん“と”生ききる」。そう思えた時、とてもホッとした気がしました。
がんをごく一部にしか伝えなかったワケ
私は自分ががんであることを、本当にごく一部の人にしか伝えませんでした。公表すれば、みなさんがいろいろな情報や治療法を教えてくれたと思います。
ただ、私の場合は一人で考える時間と空間がまず必要だった。「何をするか、しないか」を自分で選んで決めていける人でありたい。そうすることで「この先、体が弱っていったとしても、心は私でいられる」、そう思えたからです。
自分で選ぶことが自分自身への責任の取り方
自分の命に関わることが起きた時、人はたくさんの選択に迫られます。そして、どの選択が正しいのかは誰にも分かりません。
だからこそ自分で選ぶ。それが自分に対する責任の取り方だと思うから。たとえ選んだ結果が望んだ方向に行かなかったとしても、「自分が選んだんだ」と頷けることが大切です。
途中で迷っても構わないから、自分のことは自分で決める。そうやって一日一日を超えていくことが大切だと私は思います。
≪講師プロフィール≫
落合恵子:1945年栃木県生まれ。作家として「違いから学び合える社会」をテーマにした著書多数。子どもの本の専門店「クレヨンハウス」などを展開し、総合育児教育雑誌「月刊クーヨン」の発行人。
※この記事は10月25日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。
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