8月15日は終戦の日です。戦争の記憶を受け継ぐ静岡市の平和資料センターは開館から20年以上ボランティアに支えられてきました。この場所を未来へどうつなぐか、その思いに迫りました。
静岡県静岡市葵区伝馬町にあるビル。
その2階で7月27日、ある作業が進められていました。
「静岡平和資料館をつくる会」メンバー:
次の25番の0421、米穀購入通帳。昭和20年のは今展示中なんですよ。M50焼夷弾でこれがちょっとね
静岡平和資料センター・田中文雄センター長(78):
うちが持っているいただいた資料を、他でも活用するところが特に夏は結構ある。いろいろな団体の方などが
「静岡平和資料館をつくる会」。
そのメンバーが行っていたのは、貸し出しする資料の整理です。
ここには、太平洋戦争中の軍隊や、市民の暮らしにかかわる遺品や記録、写真など、約6000点が保管されています。
定期的に内容を入れ替え常設展示をしていて、市民団体や学校への貸し出しにも対応しています。
センター長の田中文雄さん(78)は、いま今後の活動、施設の行く末に不安を感じています。
静岡平和資料センター・田中文雄センター長(78):
ここ自体がパッてなくなったとして、困るのは5、6000点ある資料。それをどうするか。私たちにも責任があるが、でもつぶれてしまったらどうしようもない
静岡平和資料センターは、資料の保全と記憶の継承を目的に、住民有志が静岡市に求めて開設されました。
家賃を市が提供し、運営をボランティアが担う形で場所の移転を2度繰り返し、現在に至っています。
限られた人数で日々の事務作業も担っているため、開館できるのは毎週金・土・日の3日間だけです。
家賃以外の経費は、メンバーの会費と寄付金で賄っていますが、市からの助成金は確実に続くのか。
「担い手」と「経済面」に不安があると話します。
静岡平和資料センター・田中文雄センター長(78):
僕らはずっと単独の(公設)資料館が欲しかった。それが結構ある。浜松にもあるし
メンバーを支えるのは、自分達や施設を必要としてくれる人がいることです。
学校単位での平和学習利用も含め、2025年度 子供から大人まで5000人近くが訪れました。
そしていまも寄せられる貴重な史料。
1945年6月20日に、約2000人が犠牲となった静岡空襲。
戦後40年の節目に募集し、寄せられた空襲の体験画は100枚以上。
それが今では170枚ほどに増えています。
静岡平和資料センター・田中文雄センター長(78):
40年経っていて空襲を覚えているのか、それは覚えている。ものすごい経験だったと思う。火の海の中に逃げ惑ったわけですから。プロの絵描きさんが描いた絵も何枚かいただいている。そうかと思えば、スーパーのチラシの裏に描いてあったり。絵が上手い下手とか、そういうことではなくて、すごくありがたいものだと思っている
終戦の日が近づく8月9日。
夏休み平和教室と題して戦争の記憶を語り継ぐ講座が開かれ、家族連れなど約20人が集まりました。
「静岡平和資料館をつくる会」メンバー:
うさぎのピョンちゃんは?
「静岡平和資料館をつくる会」メンバー:
抱いて行こうとしたら、母さんが怖い顔で置いていきなさいと言ったんだ。僕たちは泣きながらピョンちゃんにさよならを言って、炎を避けて必死で逃げた
「静岡平和資料館をつくる会」メンバー:
ピョンちゃんかわいそう、空襲って本当に恐ろしい
上演されたのは、静岡空襲を経験した男性の話が元となった、紙芝居。
娯楽が少なく、贅沢は敵だといわれた時代に小学生のかっちゃんはうさぎのピョンを大切に育てていましたが、空襲に遭い、離れ離れになってしまいました。
人だけでなく、動物も多く犠牲になったことに焦点を当てた作品です。
訪れた人はみな真剣な表情で聞き入っていました。
高校生:
戦争って遠い言葉だけど、全然身近な言葉。身近でいつ起きてもおかしくない
30代:
空襲があったというのは親からとかも聞いて知ってはいた。結構思っていたよりひどかった。ちょっと子供たちはまだ理解が難しいと思うが、何回か来て深めていきたいなと思った
メンバーひとりひとりも、最初から戦争について詳しかったわけではありません。
まだ勉強することも多いといいますが、それぞれが関心をもっていることやできることを持ち寄り、平和の尊さを伝える活動に取り組んでいます。
静岡平和資料センター・田中文雄センター長(78):
あまり一つの目標を持って、これをみんなでやりましょうではない。ここを維持できているのは、その自由さと平和を求める皆さんの思いがここを支えている。ここがあるから活動が続くんだと思う。だからこの拠点が維持できる、次々と新しい方に興味を持っていただいて、ここで活動してもらえたらありがたい
終戦から81年。
戦時中の記憶があるといわれる85歳以上の人は、人口の約5.8%となっています。
資料や証言だけでなく、平和を願う思いも受け継いでいくために。
戦争の記憶を次の世代へ繋げていく拠り所は、これからも必要とされ続けます。
