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民放連賞テレビ・グランプリ受賞「イーちゃんの白い杖」~25年取材を続けた真の理由は~ 静岡

民放連賞テレビ・グランプリ受賞「イーちゃんの白い杖」

天真爛漫な8歳の少女。奇跡の出会いは1分のニュース取材だった。この明るさはどこから来るのか?家族に会って驚いたのは、2歳年下の弟の存在。姉と弟は特別な絆で結ばれていた。25年取材を続けた理由とは-

2023年11月、日本民間放送連盟賞のテレビ・グランプリが決まった。テレビ静岡制作「イーちゃんの白い杖 特別編」。この番組は、静岡県焼津市に住む、生まれつき目の見えない少女・イーちゃんこと小長谷唯織(こながや・いおり)さんが、2歳年下で重い障がいをもつ弟の息吹(いぶき)君とその家族に支えられながら自立する姿を25年追い続けたドキュメンタリーだ。

民放連賞の表彰式(2023年11月)

民放連賞グランプリ審査の講評にはこう書かれている。

「長年の取材で取材者と一家の間に築かれた信頼関係を感じさせる点、エンターテインメントに昇華した点も高く評価された。障がい者はともすればステレオタイプになりがちな題材だが、今作ではイーちゃんと家族を多層的に描き出していた。イーちゃんが人生への苦悩といらだちを吐露するとき、あるいは、恋人との将来を夢見て語るとき、彼女を古くからの友人のように、家族のように感じている自分に気づいた。障がい者の大変さを過剰に強調して同情したり、逆に健常者との共通点を探して問題を矮小化したりするのではなく、障がいも含めたひとりの人間として存在を受け止めること。多様な人々がともに生きるとは、こうした気持ちをお互いに持つことではないか」

イーちゃん(左)と番組Dの橋本(右)

番組のディレクターでテレビ静岡・報道制作局長の橋本真理子(はしもと・まりこ)はこう話す。

「全盲のイーちゃんが幸せをつかむまでの道のりは長く、険しく、イーちゃん自身も、弟の息吹君も、家族も、取材する私たちも、何度も何度もくじけそうになりました。でも『苦労した分だけ幸せは必ずやってくる』と互いが信じ、この瞬間を多くの人に届けたいと願ったからこそ、この番組は生まれたんだと思います」

障がいという概念を変えてくれるかも

小学3年生の唯織さん

1998年、ニュース取材で訪れた静岡盲学校(現・静岡県立静岡視覚特別支援学校)100周年の記念式典で私の目の前を駆け抜けていったイーちゃん(当時8歳)。その笑顔は花が咲いたようで思わず声をかけました。ひとつ質問すれば「10」答えが返ってくる聡明な子で、話していると私自身元気になりました。

「この子の家族に会ってみたい」

これがすべての始まりです。イーちゃん家族の強さと明るさは”障がい”という概念を変えてくれるかもしれない、障がい者にモザイクをかける日が終わるかもしれない、と出会ったその日に直感しました。

唯織さん(左)と息吹君(右)

1999年、視覚障がいの世界・盲学校教育を伝える55分番組『イーちゃんの白い杖-100年目の盲学校-』を制作。FNSドキュメンタリー大賞に出品することで全国放送が叶いました。

通常は番組が終われば一旦取材も終わりますが、唯織と息吹、これからどう成長するのか、生きやすい社会になるのか「見届けたい」という思いを消すことはできませんでした。

日々発生する事件事故・災害・選挙―ニュース取材が私の本業ですから、イーちゃん家族の取材は休みの日。番組制作費がないため、ニュースの企画として放送することで追い続けました。

笑顔が消えた主人公 どうする取材…

悩みも多かった高校時代の唯織さん

いじめ、夢の挫折、恩師との別れ、突然の解雇。いくつもの壁にぶつかり、笑顔が消えたイーちゃん。その姿を撮影するのは私も苦しく、何度やめようと思ったか分かりません。

言い合いになったこともありますが、盲学校でもいじめはある、健常者も障がい者も悩みは同じなんだと伝える必要がある、イーちゃんはいつの日か必ず笑顔を取り戻すと信じ、見守る道を選択しました。取材テープ・ディスクは700本を超えます。

看護師の母・和美さんが息子・息吹の体調を常に気にかけている

この間、2010年に姉と弟の絆を描いた55分番組『いおりといぶき-私たちが生まれた意味-』を制作。2016年の重度障がい者殺傷事件を機に映画化を決め、2023年、3本目のテレビ番組を制作・放送しました。

インクルーシブ教育、重度障がい者の慢性的な施設不足、出生前診断、就職難。障がい者が乗り越えなければならない社会の壁をみつけ、解決する手段を考えたいと25年無我夢中でした。

なぜ、25年取材し続けたのか-

橋本と家族

橋本:
私の父も中途障がい者です。私が小学4年生の時、ステージ4の口腔がんを患った父は手術の末、歯を失い、舌を切除し、言語障がいとなりました。話すことも、食べることも困難になった父は家にこもるようになり「死にたい」と連呼するように。

障がい者になったら人生終わるのか、隠れるようにして生きなければならないのか。そうであるなら変えたい、生まれながらに障がいがあっても、人生半ばで障がい者になっても堂々と生きられる社会にしたい、と私は養護学校(現在の特別支援学校)の教員免許を取得したうえでマスコミに入りました。

何度も生死をさまよった息吹さん

入退院を繰り返し、手術を乗り越える息吹君と父が重なったのも事実です。

取材と看病(高齢の母に代わり一人っ子の私が担う)に疲れ果てた時、イーちゃん家族の強さはお手本でした。どれだけ励まされたか。この間、命の大切さ、家族の大切さを伝えるドキュメンタリー番組を制作し、視聴者に届けてきた理由もここにあります。

見捨てず見守ってくれてありがとう

大人になったイーちゃん

33歳になったイーちゃんは言います。

「悩んでいる姿を撮影されるのは嫌でした。どうしてそこまでする必要があるのか分かりませんでした。橋本さんのことは好きだけど、カメラを回す橋本さんは嫌いで……でも、私を見捨てず見守ってくれたこと、いまは感謝しています。これからも末永くお付き合いをお願いします」と。

その笑顔は自信に満ちていました。

イーちゃんの結婚記念写真

そして、イーちゃんの母は言います。

「私たちは決して”かわいそうな家族”じゃない。私たちなりに毎日毎日を楽しく生きています。息吹も31歳。同級生は仕事をして家庭を持って自立していると思うけど、息吹はいつまでも私に抱っこされ、そばにいてくれる。これは私だけの特権です。唯織も結婚し『旦那さんと一緒に息吹を守る』と言ってくれるので、私たち夫婦は幸せ者です」と。

誰にも生まれてきた意味がある

息吹さんを支える唯織さん

唯織と息吹、障がいを持って生まれたからこそ家族をひとつにしました。障がいがあろうがなかろうが、誰にも生まれてきた意味があると教えてくれました。

イーちゃん一家

『イーちゃんの白い杖』は、障がい者が主人公の番組ですが、どこか笑えて、ちょっぴり泣けて、元気になれる、「あすから頑張ろう」と思えるエンタメ番組です。

イーちゃんが幸せをつかむまでの道のりを、是非ご一緒に見守って下さい。全国のみなさんに、世界のみなさんに末永く見てもらえるよう、これからもイーちゃん家族とともに歩み続けます。

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