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浜松市の北に位置する天竜区二俣エリアがいま、注目されています。昭和レトロな雰囲気が残る商店街に、小さくてもエッジのきいたニューフェイスが相次いで出店しているのです。まちが変化するきっかけをつくったのは、Uターンをして個性的なカフェやホテルを開店した中谷明史さんです。
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いま最推し! 天竜二俣 クローバー通り商店街

浜松市北部に位置する天竜区は、面積の約91%が森林という自然豊かなエリアです。そんな天竜区の“玄関口”ともいえる二俣町に、いま注目のエリアがあります。「クローバー通り商店街」です。
近年、全国各地でシャッター通りが増えるなか、クローバー通り商店街では新しい店が立て続けにオープン。昔ながらの店と新しい店が混在する、魅力あふれる場所になっています。
商店街が活気づくきっかけは、中谷明史さん。「Kissa&Dining 山ノ舎(やまのいえ)」のオーナーです。

二俣の新名所 山ノ舎とINN MY LIFE
山ノ舎のオープンは2015年。以来、地元の食材を使った料理やドリンク、スイーツと、その居心地のよさが評判を呼び、多くの人に親しまれる人気店となっています。

看板メニューは、オリジナルスパイスが効いた「山ノ舎キーマカレー」と「野菜サルサのオリジナルタコライス」。どちらもランチタイム限定です。
カフェタイムにはレアチーズ生地にリンゴとパイを混ぜ込んだ「リンゴパイのレアチーズ」や、天竜の森でとれたクロモジの枝を使った「クロモジ茶」などを味わえます。

中谷さんは、2019年にオープンした「INN MY LIFE」も運営しています。
INN MY LIFEは、天竜浜名湖鉄道の無人駅、二俣本町駅の駅舎をリノベーションした駅舎ホテルです。

宿泊は原則として1日1組限定。壁一枚隔てた隣は、のどかな駅のホームです。
無人駅に泊まり始発列車の音で目を覚ます。そんな貴重な時間を思う存分満喫できます。

山ノ舎、そしてINN MY LIFEをお目当てに、天竜二俣エリアに足を運ぶ人は確実に増えました。商店街もにぎわいを取り戻しつつあります。けれど、10年ほど前はまったく違う状況だったと、中谷さんは振り返ります。
「このままではだめだ」 東京からUターン
中谷さんは浜松市東区の出身。中学から高校までの6年間を天竜区で過ごしました。
高校卒業後は東京の大学に通い、そのまま東京で就職。ゴールデンウィークや正月に天竜区に帰省するたび、故郷の活気が失われていくのを感じていました。

中谷明史さん:
学生時代に友だちと通ったお店や、家族と行ったお店がどんどんなくなっていく。とてもショックでした。このままではだめだと、いてもたってもいられなくなりました
24歳だった中谷さんは、順調だった東京での仕事に区切りをつけ、二俣町にUターン。コーヒーの焙煎所として使われていた店を借りて、山ノ舎をオープンさせました。

山ノ舎は飲食店という形態をとっていますが、コンセプトは“人が集まるコミュニティスペース”です。
中谷明史さん:
町が少しずつ寂しくなっていく様子を見て、「なんとかしなくちゃ」と思っている人は自分以外にも必ずいるはずだと思いました。そういう人たちが集まって話ができるような場所が、当時はなかったんです。だったら、自分がつくればいい。そんな発想で山ノ舎は始まりました

中谷さんの願いどおり、山ノ舎はオープンしてすぐに、多くの人が集まる場所になりました。ただ、周囲にまだ店は少なく、「山ノ舎だけでは足りない」と中谷さんは考えたといいます。
観光などでその土地を訪れる「交流人口」だけでなく、その土地に愛着をもって地域づくりにも積極的に関わる「関係人口」を増やす必要を感じていました。
中谷さんが次なるアクションを考えていたある日、二俣本町駅の駅舎を活用して何かやってみないかという話が舞い込みます。

中谷明史さん:
二俣本町駅の駅舎で営業していたおそば屋さんの閉店が決まり、次の借り手を探しているということでした。「まちやど」が日本でも少しずつ広がり始めていたころで、駅舎をホテルしたらおもしろいのではと思いついたんです
通常の宿泊施設は、宿泊も食事もその施設内で完結します。一方「まちやど」は、近隣の飲食店などで食事をとってもらいます。町全体を1つの宿に見立て、その地域の日常を体験してもらう。それが「まちやど」の特徴です。

中谷明史さん:
駅舎をホテルにすれば、天浜線を1つの町に見立てた「まちやど」ができます。「前例がない」「無人駅に泊まりたいなんて人が本当にいるのか」といった心配の声もありましたが、たくさんのメディアが取り上げてくれたこともあって、夏季の客室稼働率は9割以上になることもあります

人と人 地域と人 ゆるくつなぐ
山ノ舎やINN MY LIFEを訪れると、中谷さんと地域、そして人との“つながり”が感じられます。
たとえば、山ノ舎の人気メニー「山ノ舎キーマカレー」には老舗「吉野屋精肉店」のひき肉が。「自家製トマトソースのピザトースト」には、2022年にオープンしたパン専門店「paisible(ペイジブル)」の食パンが使われています。
吉野屋精肉店もpaisibleも、同じクローバー通り商店街にあります。

中谷明史さん:
INN MY LIFEの朝食では、やはりクローバー通り商店街にある「養紡屋(ようほうや)」さんのハチミツもお出ししています

養紡屋は、養蜂家の塩見亮太さんが2022年にオープンした、ハチミツの直売所です。
塩見さんは神奈川出身。縁あって天竜区で養蜂とハチミツづくりを始め、やがて中谷さんと知り合います。

塩見亮太さん:
数年前まで天竜区春野町に住んでいたのですが、養蜂をしている場所に通うには少し距離があることもあって、引っ越しを検討していたんです。そうしたら中谷くんが、「二俣にいい家があるよ」と紹介してくれて、二俣町に引っ越すことになりました

二俣町で暮らし始めると、ハチミツを売ってほしいという人が自宅に訪ねて来るようになりました。
「ここ二俣でなら、直売所をオープンしてもやっていけるのではないか」。そう感じた塩見さんは、クローバー通り商店街の空き店舗をリノベーションして直売所を始めたのです。

現在、塩見さんと中谷さんはよき隣人として、そして友人として、一緒に釣りに行ったりサーフィンに行ったりするそうです。二人のふだんの会話は「マンガとかアニメとかYouTubeとかの話が9割。まじめな話はほとんどしません」とのこと。
塩見亮太さん:
でも残りの1割で、天竜二俣エリアを今後どうやって盛り上げていけばいいのか、なんて話もします。中谷くんのすごいところは、まちづくりへの思いが一貫しているところ。妙な説得力もあって「いつかは中谷くんの言ったとおりの未来になるかも」と思っちゃうんですよ。だからといって自分の理想を強く主張したり、人に押しつけたりするタイプでもない。不思議な人なんです

塩見さんの妻で、直売所の店主でもあるミサさんも、気づけば中谷さんとつながっていた1人です。
塩見ミサさん:
中谷くんに強く誘われたから二俣町に住んで、店を開いたというわけではありません。でも、よくよく考えると、やっぱり中谷くんがきっかけをつくってくれたんですよね。このあたりで新しくお店を始めた人のなかには、同じように感じている人もいるんじゃないかな。ナチュラルに人を二俣に呼び寄せている。中谷くんらしいなあと思います

「楽しそう!」 若い世代が憧れる場所に
これまで、天竜二俣エリアのまちおこしに尽力してきた中谷さん。中谷さんにとって、二俣はどんな場所なのでしょうか。
中谷明史さん:
地図を見てもらうとわかるのですが、天竜川の下流エリアはいわゆる扇状地になっています。二俣町はちょうど“扇の要”の位置にあって、昔から要衝の地として栄えた歴史があります。つまり、ここ二俣町は、人が自然と集まる、地政学的に見ても非常にポテンシャルが高い場所なんです

そうした背景もあって天竜二俣エリアの住人たちは、外から来る人や物に対しておおらかな気質を持っていると中谷さんは分析します。
また、天竜二俣エリアはホンダの創業者・本田宗一郎が生まれた地でもあります。浜松を象徴する「やらまいか」精神が、強く根づいているエリアでもあるのでしょう。
中谷明史さん:
地方=閉鎖的というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、この地域はそうではありません。たとえば商店街の先輩方は、昔からの伝統行事やイベントをしっかりと受け継ぎつつ、僕ら下の世代が新しく何かを始めることに対して、とても寛容なんです。「二俣に来てくれてありがたい」。そういうスタンスで見守ってくれるし、町の人も行政も積極的に応援してくれます

クローバー通り商店街を中心に、天竜二俣エリアは着実に変化を遂げています。そして、その変化は、若い世代にも響いているようです。
先日、山ノ舎に大学生が訪ねて来ました。彼女は中谷さんにこう言ったそうです。「私もいつか二俣でお店をやりたいと思っているんです。だから、お話を聞かせてくれませんか」。
中谷明史さん:
僕たち大人がいろいろとチャレンジしているのを見て、若い人が「楽しそうだな。自分もここで何かやってみたいな」と思ってくれた。その事実がめちゃくちゃうれしかったです。この町は確実に変化しているのだと、確信できた出来事でした

それでも、中谷さんの挑戦は続きます。
中谷明史さん:
地域を元気にするには、文化と産業の両方が必要だと思うんです。いまの天竜二俣エリアには、文化はあるけれど産業が不足しています。そこで次は、雇用を確保するためのプロジェクトが進行中です
中谷さんは天竜二俣エリアを、伸びしろがある場所、新しいなにかを始められる「余白がある場所」ととらえています。
昔ながらの店と新しい店。そして、これから若い世代が始めるであろう店。多種多様な人に支えられて、天竜二俣エリアはこれからもっと楽しく、魅力的な場所になるに違いありません。
■店名 KISSA&DINING 山ノ舎
■住所 浜松市天竜区二俣町二俣1283-1
■営業時間 11:00~17:00
■定休 月・火・水
中谷さんが中心となって情報発信している山と茶プロジェクト実行委員会のウェブサイト「山と茶 life of locals」。天竜に暮らす人を通して、天竜の魅力が描かれています。
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