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聞こえるのは波と風の音、そして鳥の声。浜松市・浜名湖のほとりで、男性はウォータースポーツを教えています。「みんなに水辺で過ごして欲しい」。伝えたいのはウォータースポーツのすばらしさ、水辺の自然や人のすばらしさです。

「必ず楽しませるから来て」
浜松市北区三ヶ日町は「三ヶ日みかん」の産地で、浜名湖の北にあるまちです。

東名・三ヶ日ICから車で10分。湖のほとりにウォータースポーツができる場所「T-flow.Water Side Community(ティーフロー.ウォーターサイドコミュニティー)」があります。
オーナーは元プロウインドサーファーの藤原琢磨さん。「誰も名字で呼ばないから、琢磨と呼んで」と白い歯をのぞかせて笑います。

この日も朝から、SUP(スタンドアップパドルサーフィン)にはまって、毎週のように通っているという女性客がやってきました。
簡単に乗り方を振り返ってから、この日の風の状態をレクチャーし、どこまでならこいで行っても安全かを確認。

藤原琢磨さん:
いつも「水の上に出たらあなたの好きに楽しめばいい」と言っているんです。必ずしも立ってこいでいなくてもいい。泳いでもいいし、ボードの上に寝転んでもいいし、友達とおしゃべりをしてもいい。
60代で初めてSUPに挑戦する女性もいたそうです。「できるでしょうか?」と聞かれれば「必ず楽しませるから来て」と伝えています。

もう何度もSUPを体験している先ほどの女性客は、一人で湖にこぎ出していきました。琢磨さんが湖畔から安全を確認しています。
いい意味で干渉しすぎない、お客さんに合わせて、つかず離れず。できるだけ自由に楽しませてくれるのがT-flowの特徴です。
女性客は「水の上では家のことも忘れて、なんにも考えずにいられる」とすっきりした笑顔で帰っていきました。
賑やかな観光地のSUP施設とはどこか違うT-flow。琢磨さんは、どうしてプロウインドサーファーをやめ、ここをつくったのでしょうか。
【SUPレッスンの料金 】 1人半日 5500円 ~10月頃まで実施
※シャワー・トイレ・更衣室や休憩施設の使用料・駐車場代など含む
近所のお兄ちゃんに憧れプロウインドサーファーに
ここ三ヶ日で育った琢磨さん。父親は兼業漁師で、浜名湖の天然ウナギやタコなどをとっています。
琢磨さんも小さな頃から漁を手伝ったり友達と釣りをしたり泳いだり、湖はいつも身近にありました。

そんな三ヶ日で家族ぐるみで付き合っていた、7歳上の近所の“お兄ちゃん”がいました。お兄ちゃんはウインドサーフィンのプロ。琢磨さんの目にまぶしく映りました。
藤原琢磨さん:
雑誌に写真が載ったり記録が掲載されたり、とにかくかっこよかったんです
高校ではヨット部でインターハイ出場を果たし、全国大会で7位の成績を収めたこともありましたが、大学の途中でヨット部をやめ、憧れのお兄ちゃんを追ってウインドサーフィンに打ち込みました。

そして将来の就職を考えた時に、迷わずウインドサーフィンのプロを目指すことにしました。
藤原琢磨さん:
稼げる稼げないは関係なく、ただ、ただ、かっこよかった。親は「貧乏だから援助はできないが、好きにしたらいい」と言ってくれました
まずはウインドサーフィンが盛んな御前崎市に移り住みました。そして茶工場や居酒屋、自動車工場などでバイトをしてお金をため、ハワイのマウイ島で強化トレーニングに励みました。

2009年には国内ランキング8位となり、公認プロの資格を得ます。2009年、2010年には御前崎市で行われた大会(PROーAMA)で5位タイの記録を残しました。
しかし、日本ではウインドサーフィンの競技人口は多くありません。スポンサーも少なく、賞金は食べていけるほどではありませんでした。
工場の夜勤の仕事をして、睡眠時間を削る日々が続きました。

そんな時に東日本大震災が起こり、今後の生き方について改めて考える機会となります。
お兄ちゃんの背中を追い続けていた琢磨さんですが、立ち止まり、プロを引退することにしました。

故郷に戻ることを決めたのは、現在の場所でウォータースポーツショップを開いていた知人から、引っ越すので店を引き継がないかと声をかけてもらったからです。
「自分がとりこになったウインドサーフィンをみんなに体験してほしい」、そう考えるようになりました。

藤原琢磨さん:
T-flowでできるのは、自分の体を使って自然と遊ぶスポーツです。水上バイクのようにエンジンで進むのではなく、風や波を使って自分の力で進む楽しさを感じてほしいんです
ウインドサーフィンは乗れるようになるまで少し時間がかかるので、誰でもすぐに自分の力でこぎ出してもらえるようにと、その頃ちょうど流行し始めていたSUPを導入することにしました。
浜名湖が持つ魅力
浜名湖は東京からも大阪からもアクセスが良く、車の場合は東名・三ヶ日ICや、2019年に開設された舘山寺スマートICも利用できて便利です。
T-flowがある周辺は湖面が静かで、車もあまり通らない場所が多いので、自然をたっぷり感じることができます。

藤原琢磨さん:
湖畔が入り組んでいるので、SUPでクルーズに出ると楽しい体験ができます。T-flowの目の前にある礫島まで行ったり、珍しい地形の猪鼻湖神社の方までクルージングしたり。こうした場所は周辺には他にあまりないのではないでしょうか
漂着物や廃棄品でDIY

三ヶ日の実家に戻った琢磨さん。知人から引き継いだショップを、自分らしく改装することにしました。
T-flowの建物は琢磨さんの仲間が集まって一緒につくりました。
よく見ると不思議なものが飾られています。

庭にあったのは近くのマリーナに放置されていたボート。これをベンチとして利用しました。
ボートの後ろ半分は切って、室内のソファーに作り替えました。

照明はミカンの瓶詰めのビンを再利用。色とりどりに輝いているのは、湖岸に漂着したガラスです。

地元の農家が今はもう使われなくなったミカンの貯蔵箱を快く提供してくれたので、本棚にしました。ミカンの大きさを表す「小」の文字や、農園の名前が書かれているのが名残です。

母校の中学校からは卓球台や椅子をもらって、卓球台は切ってテーブルにしました。
いろいろな材料が集まったのも、地元の人たちの温かさがあったからこそです。

その後も増改築を重ね、訪れる度に新たなものができ上がっていきます。
藤原琢磨さん:
最初この店は「T-flow ウォータースポーツショップ」という名前でした。でも、もうけたいわけじゃない。“ショップ”じゃないなって。地域の居場所になろうと思って「T-flow ウォーターサイドコミュニティー」に名前を変えたんです
週末にはハンバーガーやマフィンを売る地元店に出張に来てもらいます。ウォータースポースをする人だけでなく、ハンバーガー目当てのお客さんもT-flowを訪ねて来るようになりました。

人が水辺から離れてしまわないように
また放課後には、地元の子供たちが遊びにやって来ます。遊ばせてあげた後に、子供たちは湖岸のゴミ拾いをしてお返しをしてくれます。
藤原琢磨さん:
ガラスの破片や乾電池も落ちています。結構昔のゴミです。勝手な大人たちが落として行ったゴミを子供たちが拾ってくれているんです。子供たちには「捨てる人になるな」と伝えています

水のスポーツは甘く見ていると危険と隣り合わせです。だからといって全く水に接しないと、なにが危険かもわからない大人になってしまうと琢磨さんは言います。
藤原琢磨さん:
人が水辺から離れてしまい、無関心になっていくのが一番怖いこと。汚れていても気付かない。なにが危険かもわからない。あれもダメ、これもダメでは子供は育たない。大人がしっかり見ていて経験をつませなきゃだめです

海水と淡水が混じり合う珍しい自然環境の浜名湖。外海と比べて波が穏やかで、水との距離が近い場所です。子供たちには、貴重な自然があるこの土地で生まれ育ったことを、誇りに思って欲しいと思っています。
テラスには大きく「ローカルプライド」の文字が書かれていました。

7月、琢磨さんに第1子となる女の子が生まれました。名前は「帆希」と書いて「ほまれ」。人生を捧げてきたウインドサーフィンにちなんで「帆」の文字を入れました。
子供たちにはもっとウインドサーフィンを体験してほしいと思っています。風をつかまえコントロールする楽しさを味わってほしい。子供たちにレッスンができる環境を整えることが、琢磨さんの次の目標です。

大人も子供も水辺へ。T-flowは琢磨さんが感動を伝える、情熱が詰まった湖畔のスペースでした。
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