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ステージ4の末期がんと診断され医師から「このままいくと余命1年」と告げられた男性が、1年余り経った今も懸命にがんと闘っている。男性はバーの店主。ギターを弾きながら生きていることの歓びを歌い、常連客が応援する。目標は命ある限り店を続ける、“生涯マスター”だ。
「このままいくと余命1年」
音楽とお酒好きが集まる藤枝市のバー「ダイニングバーポット」。
この日、マスターの安藤勉さん(55)は仲間たちとの演奏を楽しんでいた。
「それがどうしたの?今を生きてるってだけでいいじゃん」
安藤さんがギターを弾きながら歌うと、仲間たちが「いいじゃーん」と唱和する。
2023年6月、それは突然の出来事だった。
動悸が激しくなったため救急外来へ行ったところ、医師から告げられたのはステージ4の末期がん。
安藤さんは「腫瘍と肺腺がんが見つかり、あと心臓の方もあり、『このままいくと余命1年』という話が(医師から)ありました」と振り返る。
日々の出来事を綴った日記には、その時の衝撃が記されていた。
~安藤さんの日記より~
一言目、先生は聞いた。「コレ、知ってました?」
え、何コレ?
触られた先は鎖骨の上、デカい腫瘍が膨らんでいて、喉仏が左側にずいっと押しやられている。レントゲンにもCTにもデカデカ映ったそいつ
思いもよらないタイミングでの余命宣告に、現実を受け止めるのが精一杯だった。
安藤さんは「目まぐるしく事が動き過ぎて、ちょっと他人を見ているような感じだった」と話す。
客の激励に“生涯マスター”を決心
1回目と2回目の入院の間に1週間ほどの期間があったので店を開けたところ、仲間が集まり励ましてくれた。
安藤勉さん:
“生前葬”といいますか、その時は数えきれない言葉をもらいありがたかったですね
自分のことを愛し、心配してくれる人たちがこんなにもたくさんいる。
安藤さんは生涯、バーのマスターで在り続けることを心に決めた。
「生きてるのって楽しいな」
2024年6月29日。
店内には「Happy birthday to you」という歌声が響き渡り、安藤さんはケーキのロウソクを吹き消しながら「ありがとー!何かもうマジで天国だね」と笑った。
この日は常連客が安藤さんに内緒で企画した55歳の誕生日パーティーだ。
常連客は「大切な存在で、藤枝のお父さんと言ってもいいかもしれない」「正直55歳を迎えずに見送ることになるかなと思っていたので、信じられない思い。本当にうれしい」「また来年も一緒にこの日を迎えて、『誕生日おめでとう』と言いたい」と、マスターの病状を気遣いながら祝福する。
気心の知れた仲間と過ごすひと時に、安藤さんも改めて1日1日を大切に過ごすことの素晴らしさを感じた様子だ。
安藤勉さん:
楽しい、本当に。「生きてるのって楽しいな」って思う
月2回の抗がん剤治療
2024年6月時点も月に2回の抗がん剤治療を受けるため通院を続けているが、幸いにして進行は抑えられている状況だ。
診察を終えた安藤さんは「特に変わりなしということで現状維持。(医師から)もう何回も聞いているので、ある程度 安心感はあるが、一応毎回レントゲンは撮り、大きく変わってないということで安心感はある」と、現在の状況を教えてくれた。
最初の目標を達成 次は…
病魔に襲われてもなおバーの営業を続けると決意して以降、安藤さんは1つの目標を立てた。
それは開店23周年を常連客と共に“いつも通り”に過ごすことだ。
「きょうは23周年! お祝いに来ていただいてありがとうございます。グラス片手に乾杯しましょう」
2024年7月13日。
ダイニングバーポットでは安藤さんの音頭で、乾杯が行われた。
常連客が「体はどうなの?」と聞くと、安藤さんは「非常にいい、いい感じ」と答える。
余命宣告から1年が過ぎ、目標としていたバーの記念日に元気な姿で客を迎え入れることができた今、安藤さんは「今後も新たな出会いを大切にしていきたい」と話す。
安藤勉さん:
店をおもしろくしていくというのもあるし、(新しい)エッセンスをいろいろと(お客様から)受け取り、自分の力にしていくことがこれからの目標になる。きょうからまたスタート。これからもっとおもしろくなるだろうという、スタートの日になると思う
今を生きることを大切に。
がんとの闘いはこの先も続くが、安藤さんの眼は輝きを増している。