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熱海土石流の“遺構”にしたかった家で不審火2回 被害者悲痛「この土地に受け入れられていないのか」

不審火があった太田滋さんの生家(2024年5月撮影)

2021年7月、静岡県熱海市を土石流が襲い28人の命を奪った。この災害で、土石流が流れ込んだものの損壊を免れた家を“災害遺構”にしようと計画した被災者がいる。災害を忘れないように、そして地域の人たちが集える場所にと考えたが、その家で玄関前などを焼く不審火が二度あった。

復旧工事の用地買収に遅れ

熱海市伊豆山地区を襲った土石流(2021年7月)

28人の命と多くの住宅、そして大勢の人たちの日常を奪った土石流災害。

2024年7月3日で3年が経つ被災地では道路の復旧や土砂が流れた逢初川の改良工事が
進められているが、被害を受けた宅地や農地の復旧は進んでいない。

熱海・斉藤市長の定例会見(2024年6月)

熱海市の斉藤栄 市長も6月末の定例記者会見で「復興については様々な厳しい声もある。遅れているという事については、私は否めないと思っている」と認めた。

土石流が流れ下った逢初川流域の整備に向けた用地買収は、県が担当する河川改修事業で60%、市が担当する道路新設事業で75%が完了。

地権者の意見を復旧計画に反映して

自宅と畑が被災した太田滋さん

しかし、具体的な交渉に入っていない地権者もいる。自宅が全壊した太田滋さんもその1人だ。

太田さんは「市は『売ってください』と言ったというが、私は市から(買収の話を)聞いた覚えがない。納得できる計画の話をしてくださいということ。こちら(地権者)の話も聞いてください、それだけです」と話す。

復旧工事は太田さんの土地にかかる

太田さんの宅地と畑は逢初川の両側に位置している。

県から開示された資料では、宅地の3分の1と農地の一部が計画用地となっている。

太田さんは「うちのところは(買収範囲を)まだ示さないでほしいと言っているので正確なところはわからないが、この辺り、私の足元くらいまで道路が来ると想像している」と話す。

「わがままと指導力を取り違えている」

太田滋さん

太田さんは県が行う河川の改修工事には地域の安全を考え一定の理解を示している。

しかし、熱海市が新設する道路の計画には否定的な考えをもっている。

自宅と農地が被災した太田滋さん:
(市の道路計画は)総合的に地域のことを考えた計画ではないと思う。市長は、自分のわがままと指導力を取り違えているのでないかと今は思う

災害遺構にしたかった生家で不審火

太田さんが遺構にしたかった生家

伊豆山で生まれ育った太田さん。

地域の人たちが集まれる場所を作ろうと、太田さんの育った生家の修復作業を進めている。

この生家は土石流で土砂が流れ込んだものの損壊を免れた。天井や柱、鴨居には土石流の跡が残されている。

鴨居に残る土石流の跡

太田さんは「災害というか、(人災という意味では)事件があったので、それを忘れてはいけない。そんな変わり者がいて、1つでも(遺構を)残していけば、忘れないで、どのような原因でそうなったのかというのを少しでもみんなで共有できればいいと思う」と遺構として残したい理由を話す。

不審火があった生家の玄関(2024年5月撮影)

しかし、そんな太田さんの思いに反し、2024年1月と5月にこの生家で玄関などを焼く不審火が発生。大事には至らなかったが、太田さんには怒りとともに悲しみがあふれた。

太田滋さん:
他人から火を付けられた。なぜ人の物にそういうことをするのかなと思う反面、私はこの土地にもう受け入れられていないのではとも思う

32世帯63人が今も避難生活

今も避難生活を続ける太田さん一家

太田さんは妻・かおりさんと次男とともに熱海市に隣接する神奈川県湯河原市のアパートで避難生活を送っている。

住み始めて2年9カ月。

伊豆山に比べ買い物など便利な面は多いものの、かおりさんは「湯河原は気軽に買い物ができて便利なところだが、伊豆山に帰りたいので、楽な生活に慣れすぎないようにと思っている」と話す。

太田さんは「伊豆山にこれからずっと住む人が安心して住めるようにしなければいけない。安全な伊豆山に戻したい」と希望を語った。

被災地は手つかずの場所が目立つ

土石流災害で避難生活を強いられた人は132世帯227人。

このうち2024年6月までに100世帯164人が被災地やその他の場所で生活を再建したが、太田さんをはじめ32世帯63人がいまだ避難生活を送っていっている。

伊豆山に戻れた人、戻れない人。

いずれも3年前の土石流をきっかけに、人生が大きく変わった。

「根無し草」に込めた思い

妻・かおりさんの寄稿文

妻・かおりさんは避難生活を続ける今の思いを、熱海土石流の真相究明の会のホームページにつづった。タイトルは「根無し草」だ。

「帰る家がない」ことがとても寂しかった。どこかへでかければ避難所へ帰ってくる。でもそこは、私の帰るべき家ではない。まるで根無し草のようだと自分のことを思った。

やはり伊豆山にもどりたい。私たち家族の帰るべき場所は伊豆山なのだと強く思っている。

遅々として進まない復興。変わらない景色。
それでも私は、あの日途絶えてしまった、当たり前に訪れるはずだった穏やかな時間を、再び伊豆山で取り戻したいと思っている 
(寄稿文「根無し草」より)

伊豆山を襲った土石流災害。

夏を迎え草が生い茂る被災地は、2024年7月3日 発災から3年を迎えた。

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